- ナノ -

■ 幸せはそう遠くない未来に

「話があるんだ」

そう言って祖父の部屋を訪れたイルミは、一人ではなかった。そもそもイルミが尋ねてくること自体珍しいが、後ろには俯き、気まずそうにしながら一緒に中へ入ってくる女。その女に見覚えがあるゼノは、なるほどそういうことかと胸の内で一人納得した。

「なんじゃ改まって、運び屋のお嬢さんまで連れて仰々しいの」
「一応、じいちゃんの紹介だったからさ、報告するのが筋かと思ってね」
「はて、報告とな」

イルミがフィリアの過去を聞いてきたとき、ゼノはうすうすイルミの気持ちには気づいていた。これでもシルバで子育ては経験している。孫の中でも特に感情表現の下手くそなイルミだったけれど、彼がフィリアという娘に他にはない関心を寄せているのは明白すぎるほどに明白だった。

それでも恋愛にはいくらかの障害があるほうがいい。ゼノは少しからかってやろうと思って、何も知らない風を装い、話の続きを促した。

「悪いけど、フィリアはオレが貰い受けることにしたよ」
「それは別に構わん、もともと彼女との取引はイルミに任せてたじゃろ」
「違う、そうじゃなくて」

イルミはそこまで言うと、すっかり委縮してしまっているフィリアの肩を抱いて引き寄せた。思わず、ひゅうと口笛を吹きたくなるが、ここは孫の成長を見守ってやらねばならない。ゼノはわざと眉間にしわを寄せると、何が違うんじゃ?と厳しい声で問い詰めた。

「フィリアにはもう、仕事をさせるつもりはない。フィリアはもう念を使えない」
「それじゃあただの一般人だろう、そんな一般人をどうするつもりなんじゃ」
「好きなんだ」
「……」
「いずれ結婚したいと思ってる」

普段からイルミは無表情だ。けれどもイルミが大真面目な表情で結婚という単語を口にしていることに、ゼノはとうとう我慢できなくなって噴き出す。「……なんで笑うの?」困惑の滲んだ声音もまたイルミに似つかわしくなく、笑いがこみ上げて来て仕方がなかった。

「すまんのう。いやはや、イルミがそんなことを言うとは思っとらんかった」
「オレは本気だよ。それに封じてるだけでフィリアは一般人じゃない。オーラの総量を考えても念の遣い手としては申し分ない才能があるし、きっと優秀な子を産んでくれると思う」
「ちょっ、イルミ」

いきなり出てきた子供の話に、フィリアが弾かれたように抗議する。恥ずかしさから耳まで真っ赤になっていたが、元凶であるイルミはどうして咎められているのか全く分かってないようだった。惚れた腫れたを経験して少しは成長したかと思えど、デリカシーが無いのまではなかなか治らないらしい。

「まったく、年寄りよりも気が早くてかなわんわ」

結局、これ以上引っ張っても仕方がないだろうと、ゼノは呆れたように笑って見せた。元より、ゼノはイルミの結婚相手に拘りはない。息子のシルバのときでさえ、家柄よりも息子の気持ちを優先した。可愛い孫が気に入った相手なら、年寄りが口をはさむのは野暮というものだろう。

「結婚しても、仕事をおろそかにしてはならんぞ」
「それって……結婚してもいいってこと?」
「わしは反対なんぞ初めからしておらん」

ゼノの言葉を聞くなり顔を見合わせる二人に、微笑ましい気持ちになる。シルバもキキョウもおそらく反対しないだろう。そもそも反対されたところで、イルミが簡単に折れるような性格だとも思えなかった。

「しかしフィリアを貰い受けるならネテロに一言断りいれなきゃならん。頑張れよ」
「うん、行ってくるね」
「今からか!?」

予期せぬ返事に驚いたときにはもう遅くて、ちょうど部屋の扉が閉まるところだった。「熱いのう……」呆れたような呟きは、冷たい石の壁に吸い込まれて消える。この調子では、ひ孫の顔が見れるのも本当にそう遠くない未来かもしれない。

そんなことを考えたゼノは大切な家族の幸せに、暗殺者とは思えぬ優しい笑みを浮かべた。

END

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