- ナノ -

■ 君の遺影は作れない

※TwitterでupしたSSなのでネームレスです
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「お前への暗殺依頼が来た」

 鳴った電話に時間を考えろ、と文句を言おうとした瞬間、強烈な眠気覚ましを一発。私はあいている方の左手でぐしゃぐしゃの髪の毛をさらにかき乱すと、まだ酒気を帯びた息を吐き出しつつ、あーと呻いた。突然の死刑宣告に動揺しつつも、なんだか逆に現実味がないというか、現実逃避をしたいというか、全然ちっとも起き上がる気がしない。
 だが、電話の相手はそんな私の態度を不服に思ったのか、単調な声をほんの少し尖らせた。

「ちょっと聞いてるの?」
「うん、聞いてるけどさ……えーと、そっちは今誰が空いてる?」
「残念だけど、飛び込みの依頼を受けられるほどうちは暇じゃないんだよね」
「担当は?」
「さぁね。でもオレが担当だったら、わざわざターゲットに警告なんて馬鹿なことはしないかな」

 どのみち依頼が来たことをバラしている時点で、馬鹿なことしているのには変わりがないのに。面倒くさいやつ、と他人事のように欠伸を漏らせば、それがまた余計にイルミの神経を逆撫でたようだった。

「お前さ、自分が今置かれてる状況わかってる?」
「もちろんわかってるよ、もうすぐおっかない暗殺者が私を殺しにくるんだ」
「……ふーん、余裕そうだね。もっと助けてくれって泣きついて来るかと思った」

 この場合の助けるとは、一体何を指すのだろうか。イルミから、彼の父親や祖父に依頼はキャンセルしてくれと頼んでもらう?それとも追っ手の情報を逐一リークしてもらって、逃亡の手引きをしてもらう? 馬鹿な。ゾルディック家の仕事に対するポリシーとイルミの性格を知る私からすれば、どの案も全くもってナンセンスでしかない。

「だってさ、助けてって言っても意味無いじゃん。イルミがゾルディック家を裏切るとか、世界が滅亡したってありえないだろうしさ」
「まあね」
「と、いうわけでミルキ君に繋いでよ。ちょっと死ぬ前に調べたいことがあるんだ」
「いくらミルキでも、うちの情報は売らないと思うけど」
「やだな〜別件だよ。ちょっとこの前お世話になった・・・・・・・人がいてさ、最後ならありがとうってお礼くらいしておこうと思っただけ」
「お礼参りの間違いじゃなくって?」
「そのうちお墓参りもしなきゃなあ」

 あははと声に出して笑ってやれば、小さくため息をつかれた。それでも、助けを期待できない以上は自分でなんとかするしかないだろう。ゾルディック家の人間が私のところへ来るのが先か、私が依頼主を殺すのが先かは運次第だ。早い者勝ちと言ってもいい。ようやく起き上がってよれよれのワイシャツに腕を通せば、びっくりするほど袖が余った。

「ねぇ、そういえばイルミ、昨日はどうやって帰ったの。まさか全裸?」
「そんなわけないだろ。パーティーで香水の匂いとかついて不快だったから、適当に置いてあった服着て帰ったんだよ」

 適当にって、そんなサイズも何もかも違うのに。疑問に思いながら携帯を肩と耳の間に挟んでクローゼットを開いてみると、いつの間にか半分ほど見覚えのない衣類で埋められている。そういえば歯ブラシとかシャンプーとかも、知らないうちに増やされていたっけ。
 そうこうしているうちにデスクトップPCには、添付ファイルつきのメールが送られてきている。私まだ誰にお礼参りするか言ってなかったと思うんだけど。

「ミルキ君、相変わらず仕事早いな〜」
「報酬はいつもの口座にって言ってたよ。それからついでにオレのスーツ、クリーニングに出しといて」
「はいはい、私が生きてたらね」

 そこらへんにあった適当な服に、寝起きのすっぴん。あまり人には見せたくない姿だが、まあこれを目撃する相手はすぐにこの世を去るので問題ないだろう。いや、ヘマをすれば死装束か。うーん、それはなかなか死んでも死にきれないかもしれない。

「ねぇねぇ、イルミって私の写真持ってたりする?ばっちり可愛く撮れてるやつ」
「は?」

 送ってもらった情報にざっと目を通しながら、とりあえずターゲットの現在地を叩き込む。ラッキーなことに、ここからそう遠くない。いくらプロの殺し屋でも、依頼を受けてすぐ暗殺というわけじゃないだろうから、それなりに下準備の時間が要るだろう。イルミが昨日会った時には何も言わなかったことを考えると、私への暗殺依頼は彼にとってもホットニュースだったに違いない。

「万一のことがあったらさ、それ遺影にしてほしいのよ」
「無理。なに馬鹿なこと言ってるのさ」
「別に弱気になってるわけじゃないんだよ〜でもさ、万が一ってあるじゃん?やっぱ」

 机の上に放りっぱなしだった鍵を握りしめ、つま先で床をとんとん叩いて踵までしっかり靴を履く。つい癖で忘れ物はないかな、と室内を振り返ったが、そもそも普段から荷物は少ないたちだ。今現在持っているのは、通話真っ最中の携帯と家の鍵だけ。

「だからそうじゃなくて、お前が写真を嫌がるから寝顔しかないんだよ」
「……そう。そりゃ無理だね」

 残念、と呟いて、私は通話を切る。ドアを開けた瞬間吹き込んだ風は、まだ濃密な夜の気配をはらんでいた。

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