- ナノ -

■ タイムトラベル

午前1時38分42秒。ナマエが死ぬまで、後2分29秒。
オレはそろそろだ、と窓際に立つと、警戒したオーラを窓の外に向けていた。

「…どうしたの?イルミ?」

何も知らない彼女は寝起きのまま、ピリピリしているオレに向かって不思議そうに言う。無理もないだろう、あの時はオレですら気がつかなかったんだから。

「今度こそ、ちゃんと護るから」

あの時、突如として現れた侵入者は、自分の命と引き換えにナマエに念をかけた。
オレは間に合わなかった。いや、てっきりオレを狙うものだと思って油断していたのだ。
自分ならきっと死に至ることはなかった。だけどナマエはオレと違う。念もまだ、覚えたばかりで一般人とそうは変わらない。

─イル…ミ、ごめ…ん

急速に体温が奪われ、徐々に冷たくなっていく彼女はオレに謝った。謝らなければならないのはオレの方なのに。


「イルミ?ねぇ、敵?」

「黙って。静かにして」

もう二度とナマエを死なせないから。
相手が来る時間も、場所も、攻撃方法も何かもわかっている。しくじる訳なかった。

それなのに─


午前1時41分11秒。ナマエは死んだ。死因はベッドの下に仕掛けられていた、念爆弾。
窓際に立っていたオレは爆風に吹き飛ばされながら、どうして、と呟いた。
どうして助けられないんだよ、と。




それからオレは何度も何度もナマエを助けようとした。
もう油断したりなんてしない。ベッドの下に爆弾が仕掛けられていないかも確認した。
いや、それどころかこの時間にこの場所にいることさえ嫌って、ナマエを連れ出したりした。

けれども結果はいつだって同じ。残酷なほどナマエはオレの目の前で死んだ。いつだってごめんね、と謝りながら死んだ。
それどころか、オレがタイムトラベルをした数だけ、彼女は様々な死に方をするのだ。

そしてその無意味な足掻きを何十、何百回と繰り返すうちにオレは認めざるを得なくなった。
どうやっても、オレはナマエを助けることが出来ないのだと。

どんなに守っても、庇っても駄目。
オレを貫いた念弾は悔しいくらいに弾道を曲げ、そして彼女に突き刺さる。
そしてどんなにオレが重症を負おうとも、オレは絶対にこの時間には死ねないのだ。
残念ながらオレはここで死ぬ運命じゃ、ないから。



「ナマエ、好きだよ」

けれどもオレは彼女が助けられないとわかっても、時を戻すことをやめなかった。
たとえ彼女が死んでしまうとわかっていても、その時間以前なら彼女に会うことができる。
何も知らない彼女に口付けをして、いつもは言わないような甘い言葉をかけて。

くすぐったそうに微笑む彼女に時が止まってしまえばいいのに、と思った。

「どうしたの、イルミ?何かあった?」

「別に」

何かあるのはこれからなんだ。時計を見れば午前1時39分17秒。
未来を変えてはいけないことがわかったけれど、彼女が何百通りの死に方を見せたように、結末さえ合えば問題ないということだ。

─それなら、どうせ死んでしまうくらいなら。

オレはナマエの首にゆっくりと手をかけた。
別に喧嘩したわけでもない。それどころかむしろ、ほんのついさっきまで抱き合っていた。
だからこそ彼女はただのじゃれあいかと思って、やめてよ、と笑った。


「ごめん、ごめんね、ナマエ」

「…イル、ミ…!?な、んで…」

初めて彼女が生きているうちに謝れた気がする。
指に少し力を込めれば、彼女はすぐに苦しそうに喘いだ。そして、訳がわからないと言ったふうに目を泳がせた。

「こうするほか、無かったんだ…」

どうせナマエを失うなら、自分の手で殺してしまおう。誰かに取られたくない。絶対に助からないのならオレが。

もう許して欲しかった。もう何度も何度も目の前でナマエが死んでいくのを見たくなかった。

それならこの時間に戻らなければいいだけなのに、またナマエに会いたくて会いたくて仕方がなくなる。
だから終わりにしよう。オレが彼女を殺して終わり。それならきっと満足できるから。ねぇ、ナマエ。


「イル…ミ、ごめ…ん」

もっと他に言うことがあっただろうに、彼女は最後にそう言った。何を勘違いしたかわからないが、ごめんね、と殺しているオレに向かって言った。
どうして謝るの。どうしてナマエが謝るのさ。

「終われない。それじゃ終われないよ…」



やがて、ぐったりと力が抜けた彼女を抱きしめて、オレは震えた。濡れた頬が夜風に当たって冷たくて、でもそれ以上に彼女は冷たくて。

「どこからやり直せばいい?」

もしも、もしもの話だけれどオレと出会わなければナマエが死ぬことは無かったのかな。
結末だけを変えようとするから上手くいかなくて、何かも初めから違うルートだったら、ナマエは今も笑っててくれるの?
オレ達は、出会ったことがいけなかったの?

「そんなの、嫌だ…」

ナマエに出会わない世界なんて、オレは嫌だよ。たとえ死なせることになったとしても、完全なオレのエゴでも、ナマエに会いたいよ。


ふと、体を離して彼女の額にかかった前髪を払い除けてやる。
今まで何百回と彼女の死体を見たけれど、この日の彼女はうっすらと微笑んでいるように見えた。
だから、オレも許されたのだ、と思った。


「うん…また会いにいくよ、ナマエ」


たとえ君を何度殺すことになっても。


End


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