- ナノ -

■ That should be true.そうなるはずだよ(イルミ視点)

ナマエってほんとに変わってるなって思う。

なにがってもちろん、発想とか行動とか驚かされる点は色々あるけれど、一番思うのは異常なくらい“愛情”に執着しているところだ。しかもそれが恋愛に限った話だけなら若い女特有の症状かと思うけれど、ナマエはあの念を同性だろうがなんだろうがお構いなしに使う。おまけに測れる“愛情度”も親愛、友愛、恋愛、敬愛、全部一緒くたのごちゃまぜで、オレからしてみればそんな大雑把な測定になんの意味があるの?と言いたくなるような代物だ。

例えばだけど、もし念の対象を異性だけに絞るような制約にすれば、きっと測定以外にも有用な使い道ができただろう。一番わかりやすいのはハニートラップか。よほど訓練された人間でなければ、愛情は人の判断を簡単に鈍らせる。オレがこんなことを言うのは意外に思うかもしれないが、実際、うちの執事の恋愛禁止はそうした理由によるものだった。
まぁ、オレがキルに友達を作るなというのも、少しはこれに似た親心だったりするしね。

そして一番解せないのは、ナマエには既にちゃんと“愛情”を確かめたい具体的な相手がいる、ということだ。対象が決まっているのなら、念はより無駄な機能を落として精度の良い物へと高められる。彼女には操作系の素養もあるんだし、さっさと自分の物にしてしまえばいいのにと思うのだ。
しかも聞くところによるとナマエはもう何年もの間その男に熱を上げていて、それはそれは良いように利用されているらしかった。


「神様、ホトケ様、イルミ様〜。どうかご慈悲を〜」

そう言ってべたっとテーブルの上に突っ伏したナマエは、今現在、難しい問題を抱えている。難しいと言ってもオレからしてみればなんてことはない内容だったが、彼女は八方手を尽くしたうえでほとほと困り果て、やむなくオレに頭を下げているのだ。

「イルミ様〜」
「はぁ、とりあえず目立つから大きい声出すのやめてくれない?情報を渡すのは構わないけど、もちろん有料だよ」
「うえ〜ん、ケチ、この守銭奴」
「神様と同格だったのから思いっきり下がったね」

こうしてわかる通り、現在オレとナマエの関係はあまり良好とは言えなかった。そもそもの話、彼女とはクロロを訪ねた際にたまたま知り合っただけで、ビジネスパートナーですらない。ナマエの能力ははっきり言ってあまり暗殺に役に立つとも思えなかったし、初めは本当にただ蜘蛛のおまけとしか思っていなかったくらいだ。

しかし、彼女の方はオレがゾルディックと知るや否や目をつけたらしく、何度もしつこく連絡先を聞いてきた。自分で言うのもなんだがこのネームバリューは確かに魅力的だろうし、実際女の中には資産目当てに下心をもって近づいてくる奴も多い。だからオレも鬱陶しいな、と思って適当にあしらおうとしたのだけれど、よくよく話を聞けばナマエはゾルディック家の家格にも資産にも毛ほども興味がないようだった。

「も〜専門は殺しなんだから情報はそんなぼったくらなくていいじゃん」
「どういう理論なの、それ。どんな仕事でも情報ってのは価値のあるものでしょ。それをタダで寄越せって言うナマエのほうが非常識」
「タダとは言ってないよ、イルミの料金設定高すぎなの。友達の恋路くらい応援して〜」
「友達?」

まさか、ナマエがオレのことをそんなふうに思っているとは知らなかった。彼女がオレに接触するのはゾルディック家の情報網が目的で、その情報だって結局あの蜘蛛の男の為なのだ。だから今のはただ勢いに任せただけの他意のない発言だったのかもしれないが、それでもオレからすれば意外でしかない。一応、友達くらいには思われてたんだ?

けれどもオレが聞き返したことで思い出したのか、ナマエはちょっと苦笑いをした。

「あー、イルミは友達いらないんだっけ」
「そうだね、友達”は”いらない」

ナマエって鈍いな、と思いながら、オレは大きく頷いて見せた。ていうか、馬鹿でしょ。好意を良いように利用されてるだけなのにまったくへこたれないどころか諦める気配すらないし、それほどあの男に執着するのなら手っ取り早く操作してしまえばいいのに。
でも、正直オレもあんまり人のことを言えないかもしれない。オレだって他にもっと色々やりようがあるはずなのに、こうして大人しくナマエにつき合ってやっているのだから。

「この際、友達じゃなくてもいいので……今月ピンチなんです」
「うーん、じゃあお金が無いなら身体で返すってのはどう?」
「はっ!?えっ!?援助交際!?」
「……いや、仕事だよ」
「仕事だと割り切って抱かれろと!?わたし、そういう愛のない行為は無理だから!!」
「だから仕事だって。ナマエにはオレの仕事を少し手伝ってもらう。それが情報の対価ってこと」

驚いた。なるほど、一応異性としては意識されているらしい。だけどそんなに愛だ愛だって拘るなら、お得意のチェッカーで測ってみればいいじゃないかと思う。
むしろ普段は見境も遠慮もなく他人の愛情度を測っているくせに、どうしてオレのは一度たりとも見ようとしないのか。

「なるほど!じゃあ仕事手伝う!私にできることならなんでもやる!」
「交渉成立だね。それなら情報の方はこっちでちゃんと調べてあげるよ」
「うん!はぁよかった〜、これできっとシャルも喜んでくれるだろうなぁ」

嬉しそうな彼女の笑顔を見るのは気分が良かったが、あの男の名を聞いて一瞬で白けた思いになる。ほんと、ナマエはどうかしてるよ。全く相手にされてないようだし、いい加減諦めればいい。確かに一生懸命な彼女の姿は微笑ましかったけれど、他にちょっと目を向ければお前の欲しいものはすぐに見つかるんだと教えてやりたい。

「ナマエ、覚悟しておきなよ」
「えっ!?なに!?こわ!」

残念ながら、オレはナマエみたいに気が長くない。今更になって慌てる彼女の様子に、滅多に使わない口筋が少し仕事をしたような気がした。


△▼


ナマエってほんとに変わってるなぁと思う。

なにがって、もちろんこの前の仕事での話だよ。あの一件でオレの気持ちは十分“可視化”されただろうに、いざ100を出されると彼女はすっかり困惑してしまったらしい。
まぁそもそも、あの日は4、5時間経った時点で針によるナマエの変装が解け、そのあまりの痛がりようにとてもじゃないが口説ける雰囲気ではなくなったというのもある。ナマエが気を失った時点で“相対する生の領域(ハートオブテリトリー)”も解除されてしまったし、格好も格好だったので結局家にまで連れて帰るしかなかった。

そして当然、オレが家にナマエを連れて帰ると母さんは大騒ぎした。彼女の素性から出会いの経緯、今の関係、将来のこと、矢継ぎばやに聞かれてちょっとうんざりしたけど、母さんに任せておけば自然に外堀は埋まる。

かくして、彼女はゾルディック家の嫁として温かく迎えられることとなった……のだが、


「は!?いきなり結婚とか無理!頭おかしいんじゃないの!?」

元の身体に復活した彼女は、目が覚めるなり既に用意されていたウェディングドレスに目をむいた。ちなみに弁解をしておくと、これを用意したのは母さんであってオレではない。「だめ?」しかし、オレのほうに異論がなかったから、母さんを止めなかったというのもまた一つの事実だ。

「だ、駄目に決まってるじゃん!!」
「どうして?オレのスコアは確認したよね、一体何の問題があるの?」

スコア、という言葉で思い出したのか、ナマエの顔は一瞬で面白いくらいに真っ赤になる。「あ、あれはきっとバグで……」あんな念能力を作るくらいなんだから、彼女はきっと愛情を欲しているのだろう。もし、絶対にあの男でないといけないのなら、愛情なんて漠然としたものにせずに恋愛感情だけを測ればいい。すべての愛を一緒くたにしている時点で、彼女につけいる隙はまだあると思えた。
ナマエの反応からして、満点を出したのはオレが初めてのようだし。

「問題って、だってわたし達付き合ってもない!そもそもわたしはまだイルミのこと好きかどうかわかんないし、シャルのことだってあるし!」
「ナマエがわざわざつき合う段階を踏みたいって言うならオレはそれでもいいよ。その間にオレのこと好きになってくれればいいしね。
 あの男のことはいい加減諦めなよ、あんまりしつこいと嫌われるよ?ま、もともと好かれてもなさそうだけど」
「……なんでそんな酷いこと言うの?」
「酷い?酷いのはあの男のほうでしょ。オレはナマエの為を思って言ってるんだよ。オレなら、ナマエのことをちゃんと愛してあげられる。ナマエの念もそう示してたよね」

正直、自分でも最高値が出るとは思っていなかったが、所詮あれはナマエの想定する愛情の最高値でしかない。前に一度基準を聞いたところ、50点代からようやくちゃんとした友達程度の愛情らしいので、100点をとったところで実はそんなにすごくないんじゃないかと思う。50点の友情を単純に2倍したところで、オレのこの気持ちに並び立てるとは到底思えなかった。つまり、何が言いたいのかと言うと、100オーバーの値は正確に測定できていないのではないか、ということだ。

「そ、それはそうだけど……でも、正直信じられないって言うか……」
「ナマエの念だろ。どうしてオレだけ信じられないの?」
「だってイルミ、そんな素振りちっとも見せなかったじゃない。いつも、口を開けば悪口ばっかで……」
「悪口?オレはほんとのことを言っただけだと思うよ。でも、これではっきりしたね。オレはナマエの欠点も、ちゃんとわかったうえで好きだってことじゃないか。それってナマエの欲しい愛情の形に、一番近いと思うんだけど」
「……」

オレからしてみれば答えはもう出ている。だからこんなに簡単なことなのに、どうしてナマエが黙り込んで悩んでいるのかちっともわからなかった。まさかまだ、あの男に未練があるというのだろうか。

「……やっぱ、急だよ。付き合うとこから考えさせて」

結局、ナマエはそれだけ言うと、ゾルディック家を後にした。オレはそんな彼女を黙って見送ったけれど、それもこれもすべて、彼女の行動は把握できるという安心感があったからだった。


△▼


ナマエってやっぱり変わってるなぁと思う。

なにがってもちろん、どう考えても発想がおかしいところだよ。彼女がゾルディック家から自宅に帰って、二週間。その間オレは仕事の合間を見つけて彼女に会いに行くようにしたし、会えないときにはちゃんとGPSで彼女の行動を把握している。わかりやすい愛情を求める彼女だからこそオレはこうやって頑張ってアピールしているのに、なぜか今更愛が重いだなんて訳の分からないことを言いだしたのだ。

それって、どう考えてもおかしくない?なんでそんな発想になるのかな。

ただ、一応オレの行動はまったく無駄というわけでもなく、彼女はあまりあの男のところに行かなくなったようだった。前みたいにあの男の話もしないし、今は一人で彼女お気に入りの公園を散歩していることが多い。その間ぼんやり何かを考えているようではあるけれど、何度も言うように彼女の発想は特殊なのでオレには少しも読めなかった。


「100点……?うそでしょ……」


その日はなぜか、いつもと違う時間に彼女のGPSが公園の位置を指し示した。普段、危ないから夜はあまり出歩いてはいけないよ、とオレが口を酸っぱくして教えているので、彼女がこんな時間に外に出ているのは不審でしかない。実はこの言いつけも愛が重いと言われる理由の一つだったのだが、それでも彼女はなんだかんだ守ってはくれるのだ。だから何かいつもと違うことが、彼女の身に起こったと考えて間違いない。

そう思って、オレが急いで向かった公園には、なんと彼女とあの男の姿があったのだった。

「なんで、なんでシャルまで100点なの……?」

男――そうだ、シャルという名前だった。あいつの頭の上には、既にナマエの念能力である”愛の計測器(ハートチェッカー)”が浮かんでいる。その表示板に映し出されたスコアは遠目からでも十分わかるほど、シンプルな1、0、0という3つの数字を表していた。

「ごめん、ずっと自分を操作して、ナマエへの感情を誤魔化してたんだ。ナマエのこと、ほんとは流星街にいた頃からずっと好きだった」
「……なんで、なんでそんなことしてたの」

彼女の疑問は当然だろう。オレだって今更なに言ってんのこいつ、と呆れている。今すぐ二人の間に割って入っても良かったのだが、オレはなんとなく少し離れたところで事の成り行きを見守っていた。彼女がオレのいないところでどのような判断を下すのか、それが気になって仕方がなかった。要は、オレも彼女を試したのだ。

「まず、一つ目の理由として、他のメンバーの前でからかわれるのが恥ずかしかったんだ」
「……二つ目は?」

ナマエは意外と冷静だった。彼女は感情表現が激しいほうなので、もっと大喜びするか激怒するかそのどちらかだと思っていたのに、聞こえてきた声は闇夜にふさわしい静かさである。
しかし、シャルはというと二つ目の理由をなかなか言いたがらなかった。好きな女に告白をしている状況なのに、その表情はどこまでも苦り切っている。

「……それは、ナマエが俺のために一生懸命な姿を見るのが嬉しくて」
「は?」
「あと、ナマエが俺のこと好きだって言ってくれるから、安心しきってたっていうのもある」

「……最低じゃん」

ぽつり、と漏れたナマエの呟きは至極当然の反応であった。なるほど、てっきりあの男はナマエに興味がないのかと思っていたが、全て裏返しの行動だったらしい。しかしそれは愛情を求めるナマエに対しては完全に悪手だ。たとえ低い方にサバを読んでいたにしろ、虚偽の愛情申請などナマエが一番嫌うものだろう。
シャルは返す言葉もないのか、黙ってうなだれている。彼女はそんな男を前にして、真剣に何かを考えているようだった。

「あのね、最近ずっと考えてたんだけど、わたしの念には色々欠陥があるよね。たとえば、シャルみたいに操作系の能力を遣われると簡単に誤魔化されちゃうし、100の基準も正直よくわかんない。酷い男のシャルと、悪口ばっかのイルミが満点ってどう考えても変じゃない?」
「いや、それは……」

突然、思いもよらぬ形で自分の名が飛び出してきて、オレは柄にもなくドキリとした。悪口の件、彼女はまだ根に持っていたのか。別にオレは彼女を傷つけるつもりで口にした覚えはないし、悪いところも含めて好ましく思っていると伝えたはずなのだが……。
シャルもシャルで、自分の好意の表し方が変だとはっきり言われて反応に困っている。
けれども彼女にはちっとも気にした様子がなく、自分の考えを述べるので忙しいみたいだった。

「わたし、愛ってもっとハッピーな気持ちにしてくれるものだと思うの。でも実際に最高値を出されたのに、今はシャルにムカついてるし、イルミにはちょっと疲れてる。だからそもそも100点満点で愛情を表そうとすること自体が、間違いだったんだって気づいたの!」

ナマエはどこか吹っ切れたような表情で、突然そんなことを言い出す。オレに”ちょっと疲れている”とは何事だと思ったけれど、おそらくマリッジブルー的なものなのだろう。それならここ最近彼女がずっと考え込んでいたのにも合点がいくし、結婚して幸せになればくだらない悩みなどすぐに吹き飛ぶ。「ようやく、”愛情の数値化”が無駄だって気付いたの?」盛大にそれていたオレの思考は、シャルのその一言ではっと現実に引き戻された。

「え?”数値化”は要るでしょ。だってシャルとかイルミみたいに態度じゃわかんない相手こそ、ちゃんと数字で確認する必要があるもん」
「じゃあ……さっき間違いだったって言ったのは?」
「上限値だよ!こんなややこしい感情を、たったの100で表すのは無理だと思ったの!ていうか、こんな二人も簡単に出されるのはおかしいし、100って実は大したことないんじゃない?愛に上限を定めたのがわたしの最大のミスだよ」

面と向かって大した愛情じゃないと言われたシャルは、ぽかんという擬音がぴったりとしかいえない表情をしていた。が、オレも実は衝撃のあまり、彼女の言葉が良く理解できないでいる。
つまり、どういうことなんだ。彼女は一体、何を考えているんだ。

「わたし、シャルのことずっと好きだったけど、操作してたうえにわたしのこと弄んでたって聞いてちょっと引いてる。わたしが一生懸命な姿を見るのが嬉しかったっていう理由も意味わかんないし、それでわたしのこと好きだったって言われてもなんか……ね」
「そ、それは本当に悪かったと思ってるよ!」
「うん、まぁ、シャルが素直じゃないってのはよくわかったよ。わたしの測定のほうにも問題があったんだし、そこはお相子ってことで。わたしは頑張って修行して改良するね!」
「改良?」
「そう、”愛の計測器(ハートチェッカー)”の上限を解放して、操作された人間の計測は不可にするの。それで全部よくわかるようになるよ。シャルとイルミのどっちがほんとにわたしのこと好きなのか、100オーバーと言っても実は101とかで全然大したことないのか」
「な……」


ナマエってやっぱり変わってるなぁと思う。
確かに前から彼女の念には欠陥が多いと思っていたけれど、まさかさらに間違った方向に進化させるとは思いもしなかった。相変わらず”愛情を可視化する”ことに対する執着は異常。しかし、そういうオレのほうも、前から100なんかでは全然足りないと思っていたところだ。

「わかった。ナマエの念がさらに改良されたら、俺のこともう一回測ってほしい」
「うん、もちろん!」

どうやらあの男の方も、なんとか衝撃から持ち直したらしい。固い決意を緑の瞳に宿らせて、こっちからするとなんだか妙な雲行きになってきたなと思わざるを得ない。
だが、正直オレはちっとも焦っていなかった。上限が取っ払われたのはオレにとってもいい話だ。他人との差が大きければ大きいほどナマエにもオレの気持ちが伝わるというものだし、悪いが誰にも負ける気がしない。

「あ、もしもし。今からオレが指定する場所に私用船飛ばして。それでその部屋にあるものを全部うちに持ってきてほしい。
 え?違うよ。オレの部屋じゃない。ナマエが念の修行をするらしくて、どうせならうちでやったほうが効率がいいと思ってさ。そ、引っ越し。全部だよ」

オレは結局、最後まで公園にいるナマエには声をかけずにその場を去った。その代わりと言ってはなんだが、執事に電話をかけて引っ越しの手配を済ませる。

「喜ぶだろうな、ナマエ」

彼女の拘りを尊重し、応援するというのもまた一つの愛情の形だろう。オレは驚く彼女の顔を想像して、ひとりこっそり悦に入ったのだった。


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