- ナノ -

■ That was true.そうだったんだ(シャル視点)

ナマエってほんとに馬鹿だなあって思う。

あんな才能の無駄遣いとしか思えないような念を作ったこともそうだけど、念自体もただ愛情を数値化してくれるだけで、正直知ったところでどうしようもないものだ。せめてもう少し発動条件を厳しくして、一時的にでも任意の愛情度を入力できるようにしておけば使い勝手もよかったろうに、肝心のそこは地道にやるんだから馬鹿としか言いようがない。

まぁ確かに、ナマエの”愛の計測器(ハートチェッカー)”や”相対する生の領域(ハートオブテリトリー)”の能力から察するに、彼女はどちらかと言えば具現化よりの特質系なんだろう。それでも隣り合う操作は十分な精度で遣えるはずだし、やっぱりあんな念能力を作ったナマエは馬鹿だ。
それに馬鹿だけならともかくも、デリカシーにも欠けている。

だって、思春期真っ盛りにみんなの前でナマエへの愛情度を晒されるなんて、公開処刑以外の何物でもないだろ。


「ろ、ろく……てん?」

最近めきめきと伸び始めた身長のせいか、こうして改めて向かい合ったナマエは妙に小さく女の子っぽく見えた。残念なことに、今の彼女は驚愕のあまり乙女とは言い難い表情になっていたが、それでも最近ふとした彼女の仕草にどきりとさせられることはある。固まって完全に言葉が出てこない様子のナマエの代わりに大きな反応を見せたのは、既に同様の測定を済ませた後の男どもだった。

「ぶわっはははは!!6点!6点だってよ!!」
「俺らでも30点くらいはあるのに、6点とかまじでゴミとしか思われてねーんじゃねーのか?」
「ハ、あいつ普段にこりしてるけどそういうとこあるよ」

腹を抱えて爆笑する者、ドン引きする者、冷めた意見を述べる者。その反応は様々だが、肝心のナマエがまだショックから回復していない。
ちょっとやりすぎたかな、と俺が思い始めて声をかけようとした頃になって、ナマエの瞳にじわりと涙の膜が広がるのが分かった。

「ナマエ、」
「いいよ、大丈夫!別にシャルは悪くないんだし!0点じゃなかっただけ、全然マシ!」
「いや、これはその、」
「うん!わたし頑張るから!シャルに好きになってもらえるよう、頑張るから!むしろ今のシャルで6点なら100点のシャルが楽しみだしさ!うん、だから全然これからに期待っていうか」

ナマエは早口でそう捲し立てると、明らかに無理をしている笑顔でへらりと笑った。「すげーポジティブだな」相変わらず外野がうるさい。俺は苛々して思わず奴らの方を睨んだが、結局のところ彼女を泣かせたのは自分なのだ。頭の中では違う、そうじゃないんだと焦る気持ちが渦巻くものの、どうしていいかわからない。そして俺がただ焦っているだけの間に、ナマエは逃げるように駆け出して行ってしまった。

「馬鹿だな」

この喧騒の中でも相変わらず読書に勤しんでいたクロロが、突然顔を上げてぽつりと呟く。普段からクロロの言葉には不思議な重みがあったが、今日のそれはいつもの比ではなかった。

「……俺もそう思う」

今となっては後悔しかなかった。しかし、かといってああしてみんなの前で好意を晒け出さねばならない状況にも耐えられる気がしなかった。絶対にからかわれるし、昔から、それこそガキの頃からふざけあっていた仲なのに、今更色気づいて意識してるだなんて恥ずかしい。

「もっと平均を狙えばよかったんだよなぁ」

懐から携帯を取り出して、こっそり行っていた自分への操作をOFFにした。こんなものであっさり誤魔化せちゃう念能力なんてやっぱり無駄じゃん。ほんと、なんであんな念にしたんだろ。
俺の呟きを聞いたクロロはもう一度、今度こそ心の底から呆れたように馬鹿だな、と呟いた。


△▼


ナマエってほんとに馬鹿だなぁって思う。

あの日、泣くまいと咄嗟に出た強がりを長年律儀に実現し続けているとこもそうだけど、その後しばらく経って告白してきたのもなぜか他の皆の前で、これじゃあ答えるに答えられないじゃん、ってすっごくもどかしかった。まあそれならせめて、俺が後でこっそり返事をすれば良かったんだけど、ナマエのあれは告白というより宣言に近かったのだ。

当時、蜘蛛を結成するとなって、俺たちは流星街を去ると決めた。そして俺はてっきりナマエも蜘蛛に入るのだとばかり思っていたが、彼女は特にお宝などに興味はないと辞退したらしい。わたしが欲しいのはそんな形あるものじゃないの、と断られたってクロロがぼやいていたのをよく覚えている。
実際、彼女の能力はあまり蜘蛛の役に立つとは思えなかった。だから流星街を立つ最後の日の宴会で、ここでナマエとはお別れなのか、と思った。
そう思っていた矢先の彼女の告白だった。

――わたしは蜘蛛には入らないけど、ほしいものはずっと前から決まってるの!だから私もここからは出るつもりだし、シャル、覚悟してね!

突然、飲みの席で起こった宣言に、既に酔っている男たちはうぉおお!と盛り上がる。一応その時のナマエは素面だったみたいだけれど、こんな状況で返事をしろというのが無理な話だ。
結局、その時の俺は彼女の行動を否定も肯定もすることなく、適当にあはは、と笑って誤魔化すことしかできなかった。誤魔化したけれど、本当は彼女が俺を追ってきてくれるのが嬉しかったし、同時にかなり腹も立っていた。
なんで、なんでそんなデリカシーないんだよ。
ナマエってほんとに馬鹿じゃないの。


「今までごめんね、鬱陶しかったよね」


最近ナマエの様子がおかしいことには気づいていた。というか、気づかないほうがどうかしている。彼女は旅団の仕事が決まるといつも勝手にホームにやってきて俺に付きまとうし、オフの日だって用もないのに俺の家にまで押しかけて、頼みごとをすればどんな雑用だって喜んでやってくれていたのだ。

それなのに、ある日を境に彼女の足は急に遠のいた。そして今日は久しぶりにホームにある俺の部屋にやって来たというのに、どこかぼんやりとしていて完全に上の空という感じだ。
これには今までわざと冷たく振舞っていた俺も無視ができず、訳を聞いてみたところ返ってきたのが上のような謝罪の言葉だった。

「いきなりごめんねって何の話?」
「あー、いや、うん……わたし、これまでずっとシャルに迷惑かけてたなって思って。シャルに好きを押し付けてたなって」
「……今更?」

ほとんど癖みたいになった苦笑が、自分の意思に反して漏れる。本当はものすごく動揺していた。どうしてナマエがそんなことを言いだしたのか、まるでこれっぽっちもわからない。
ナマエは少し遠い目になると、ゆっくりと吐き出すように話し始めた。

「あのね、この前とうとう”愛の計測器(ハートチェッカー)”で100点出す人が現れたの」
「……」
「それで、今までずっと愛が欲しいと思ってたけど、いざ自分の身に降りかかってみると愛が重いのも考え物だなって……。だから、今までシャルもこんな気持ちだったのかもって思うと、申し訳なくって」
「……だれ」
「え?」
「その100点出したやつ、だれ」

そうやって尋ねておきながら、俺は自分のスコアが最終的に一体いくつだったのかを考えていた。そうだ、確か46点。あれはちょっと難易度高めの情報を頼んだ時だっけ。
過去のスタートが6点だった以上、俺はじわじわスコアを上げていくしかなかった。一度ついた嘘のために、その後もずっと嘘をつき続けたのだ。

しかし本音を言えば、彼女への愛情度を低くサバ読んでいたことにはもっと別の理由がある。彼女が自分のために一生懸命になっている姿が嬉しくて、すぐに高いスコアを出してしまうのが惜しかったのだ。愛情を確かめたいという発想の彼女の念を馬鹿にしていたくせに、結局自分も同じように彼女の愛情を確かめていた。

そう、笑っちゃうくらい馬鹿なのは俺だったんだ。

今の関係が居心地よくて、急いで先に進まなくてもいいと安心しきっていた。どうせナマエは昔からずっと俺が好きなんだから、っていう慢心もあった。

ナマエは俺の頼み事を聞いた後、いつも最後には決まって必ず”愛の計測器(ハートチェッカー)”でスコアを確認して、わずかに上がった点数にそれはそれは嬉しそうな顔をするのだ。俺は彼女のその顔を見るのがたまらなく好きだった。お陰でこっちも最近は慣れてきて、この程度の感情に操作するとこのあたりの点数、ってのがなんとなくわかるようになってきてたくらいだったのに。

「……別に、誰でもいいじゃん」
「いいから教えてよ」
「……イルミだよ。知ってるでしょ」

告げられた名は、予想外の強敵だった。そもそも、クロロとゾルディック家の繋がりはともかく、ナマエとまで面識があるなんて初耳だ。しかし、混乱する頭の片隅で、なるほどとどこか腑に落ちたような思いもあった。だって、おかしいと思ったんだ。ナマエにあのレベルの情報が手に入るわけないって。きっとナマエはあのゾルディックの男に上手く嵌められたんだ。

「へぇ、すごいじゃん。ナマエ玉の輿だね。羨ましいなぁ」
「……わたし別に、つき合うともなんとも決まったわけじゃないんだけど」
「そうなんだ」

ばくばくとうるさい心臓が痛かった。そっか、まだ決まったわけじゃないんだ。でも断ってもいないんだ。愛って重いと言えるほどまでにアプローチされてて、俺がここにいてもぼんやり上の空になるくらいには気になってるんだ。「……馬鹿みたいだな」耐えきれず漏れた呟きにナマエは一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐにそれもかき消える。彼女は何を勘違いしたのか、ちょっぴり切なそうに笑った。

「そうだね。こんな話シャルにするなんて、わたし未練がましかった」

ごめん、ともう一度だけ謝って、ナマエは部屋を出て行った。彼女の定位置だった作業机の傍の席を空っぽにして、振り返ることもしない。

そういえば、今日は”愛の計測器(ハートチェッカー)”をかけられなかったな。今だったら俺、アンテナ刺してなかったのに。

「はは……最悪」

今回ばかりは俺の呟きを拾って、呆れてくれる者はいなかった。
しかし、まるでその代わりだとでもいうようにコンコン、と部屋の扉がノックされる。今は誰にも会いたくない。そう思って無言を貫いていたのだが、ノックの主はお構いなしに扉を開けて中に入ってきた。

「……どうしたの?俺を笑いに来たの?」
「いや、別に。今日はナマエの帰りが早いなと思って、少し気になっただけだ」

クロロはまた寝ずに読書でもしていたのか、目の下にうっすらと隈ができていた。小さく欠伸を噛み殺すようにして、そのまま勝手に俺のベッドに腰を下ろす。「寝るなら自分の部屋で寝てよ」というか、早くここから出て行って欲しかった。

「イルミの話は聞いたか」

しかし、クロロは俺の言葉なんてお構いなしに、一番触れられたくない話題に触れてきた。この男のこういうところがほんの少し苦手だ。人の感情の機微に聡いのか、聡くないのか、よくわからない。あれだけ本を読んでいるくせに、どうして俺が今そっとしておいてほしいって伝わらないのか。それとも、わかっててわざとやっているのか。
頑張ればきっと、俺はまだ惚けることができたと思う。でももう虚勢を張るのも今更だと思った。

「……やっぱり笑いに来たんじゃん」
「これだけ時間があって、モノにしてないお前が悪い」
「わかってるよ、俺すっごい自分でも馬鹿だって思ってるもん」

まさか、こんな形でいきなりナマエを掻っ攫われるなんて思いもしなかった。「酷いよね、あんなに好きだ好きだってやってたくせに」彼女を責めるのはお門違いだとわかっている。わかってはいるけれど、馬鹿な俺はそんな言い方しかできなかった。

「酷いのはお前だろう。あれだけ好意を示されて、ずっと無視してきたんだから」
「……」
「あいつがイルミと知り合ったきっかけは俺だ」
「へえ、それで責任感じてくれるって?やめてよ、余計に情けなくなるから」
「いや、俺のせいにするな。悪いのはナマエの好意に胡坐をかいていたお前だろう」
「……クロロ、さっきから俺を慰めたいの?落ち込ませたいの?」

誰が悪かったかなんて、言われなくてもわかっている。
クロロは俺の問いに、ゆっくり首をふった。だからどっちだよ、と言いたくなるが、クロロに言っても無駄だ。

「活を入れたつもりだったんだが……難しいな」

ほらみろ、顎に手をやって考え込んだかと思うと、勝手に自分の世界に入っていく。けれども”活”という言葉は、俺の耳にもしっかり引っかかった。

「それって、応援してくれてるってこと……?」
「そうだが」
「でも、もうこんなの無理でしょ。あのゾルディックの男、100出したんだよ?だったらたぶん、ナマエを幸せにしてくれるだろうしさ。今更俺が出たって、」
「ここにもいるじゃないか」
「は?」
「測ってもらえよ、今度は小細工無しで。それともさすがに100を出す自信はないのか?」

クロロは相変わらず眠そうだった。人の恋路にちょっかいかけるなら、もう少しくらい真剣な顔してくれたってバチは当たらないと思うんだけど。
しかしクロロの言葉には、昔から不思議な重みがあった。ほんと、この男のこういうところが人を惹きつけるんだよなぁ。
俺はなんだか急に視界が晴れたような気がして、小さく笑った。

「……無いわけ無いじゃん。ぽっと出のあいつが100出せるなら、俺はきっと10000出せるね。いつからナマエのこと好きだと思ってんの」
「俺に言うな、本人に言ってやれ」
「うん、そうだね。そうする」

今のナマエに気持ちを伝えるのは、卑怯でそれこそ重い行動かもしれない。だが、ここを逃したら俺はきっと彼女を一生手に入れられなくなるような気がする。ナマエだって愛は重いものだって言ってたし、これまで貰った分を返すだけなんだから許してほしい。ほんとはずっと好きだったんだ、って伝えさせてほしい。

「クロロ、ありがと」

お礼を言うのは照れくさかったが、これも素直になる一歩かもしれない。急いで携帯を取り出して彼女の番号にかけると、意外と早くに電話が繋がった。

「今から会える?」
「えっ?」
「ナマエがよく散歩してる公園、そこで待ってるから」
「えっ、えっ?」

電話の向こうの彼女は混乱していたが、その戸惑いすらも愛おしかった。一方的に約束を取り付け、早く行かなくては、と胸が鳴る。

「じゃあ俺行くね。クロロほんとにありがと」
「あぁ、頑張ってこい。俺はお前とくっつく方に賭けたから、負けてもらっては困るんだ」
「あっそ。そいつは大正解だね」

今のって照れ隠し?それとも本気?
わからないけど、どちらにせよそう簡単に負けてやる気はこれっぽっちもない。とうとう勝手に人のベッドに寝転び始めたクロロを尻目に、俺は勢い勇んでホームを後にした。


ナマエも俺もほんとに馬鹿だったよね。
そうやって笑いあえる日が、いつか来ることを想像しながら――。


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