- ナノ -

■ パラレルワールド

「パラレルワールドってあると思う?」

ターゲットの資料を確認するため机に向かっていたら、ナマエがそんなことを聞いてきた。
突然なんの話だ、と振り返ればわかりやすくSFの本を小脇に抱えていて。
あぁ、なんだと納得しながらくるり、と椅子を半回転させる。

「さぁね。あるんじゃない?」

「え、意外。イルミなら無いって言うと思った」

自分から聞いてきたくせに、彼女は驚いて目を丸くする。けれどもその答えはお気に召したのか、嬉しそうににっこり笑った。

「ここそっくりな並行世界があって、そこに私達と同じ人間がいる。
可能性の数だけ色んな未来があるんだよね」

「うん、そうなるね」

「別の世界では私とイルミも付き合ってないかも」

「それはやだな」

あくまでもしも、の話だ。
それでもナマエがいない世界なんている意味がないと思う。
いつもはナマエの方がオレに依存しているように見えるけれど、精神的にはオレの方がずっと依存しているのだと知っていた。

「面白いよね。私はどんな人生送ってるのか、気になっちゃうな」

無邪気に笑う彼女に、オレは思い出したことがあって眉をしかめる。
けれども元々表情がわかりにくいのと、今はパラレルワールドのことで頭がいっぱいなのとで彼女は少しも気づかなかった。

「イルミはパラレルワールドに行ってみたい?」

「え、行ってどうするのさ。
オレが二人も存在することになるだろ」

「あーそういう難しいのはヌキ!」

結構それ重要だと思うんだけどな。
オレはナマエを独り占めしたいと思うし、きっとパラレルワールドのオレもそう思っているだろう。
そんなの、上手くいくわけ無い。パラレルワールドに行ってしまったら大変だ。

そういうと彼女は悪戯っぽく笑った。

「でもね、そもそも他の世界ではイルミと出会ってないかもしれない。
もしかすると私は死んでるかもしれない。
ねぇ、イルミ。私が死んだ後の世界ならどうする?」

「縁起でもないこと、言わないでよ」

声の震えを誤魔化すために、もう一度椅子を半回転する。
彼女に背を向けると、後ろからぎゅっと抱きつかれた。

「ごめんね、冗談だよ」

怒らないで、と言う彼女に胸が締め付けられた。怒ってなんか、ないよ。
嫌なこと思い出しただけ。

「うん、わかってる」

パラレルワールドなんてもしもの話だよ。ナマエが死ぬなんて、そんなことさせないよ。
目の前で死なせるなんて、もう二度とそんなこと…


「でも、もしもナマエが死んだらオレは、ナマエが生きてるパラレルワールドを探すよ」


─今みたいに。たとえここの世界のオレを殺しても。

君の笑顔をもう一度手に入れるためなら、オレは何だってする。

君はここにいるオレが君の知っている世界のオレじゃないことに、まだ気が付いてないみたいだけれど。


End


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