- ナノ -

■ That may be true. そうかもね!

人はわたしの能力を、とんでもない無駄遣いだって言うかもしれない。
もちろん、個人の価値観ってやつは色々だから、そうかもね、とは言うけれど、それはわたしが大人対応してあげてるだけだから感謝してください。

まあ確かに、昔なじみの蜘蛛のメンバーには、役に立たない能力だっていつも馬鹿にされていた。こんな環境で生まれ育って、そんな能天気な能力を作るのはどうかしてるって。せっかく可能性の広い特質系なのに、そんな玩具みたいな能力勿体ないって。
でも、わたしは誰になんと言われようと、自分の能力を気に入っている。そりゃあたまにはもう少し戦闘向きの能力にしていたら、蜘蛛の仕事にも連れてってもらえたかも、なんて思ったりもするんだけど。


「シャル!頼まれてた情報、手に入れてきたよ」

逸る気持ちを抑えきれずに彼のいる部屋に駆け込めば、こちらに背中を向けたまま「お疲れ〜そこ置いといて」とだけ返事が返ってくる。彼は何やら目の前のPC作業に忙しいみたいで、わたしは彼のデスクのすぐ脇に、たった今ゲットしてきたばかりの資料の束と差し入れの缶コーヒーを置いた。

「どう?役に立ちそう?」
「ん〜ちょっと待って」

シャルはそう言ったっきり、その後約10分間も作業を続けた。まぁ別にそれは構わない。彼が忙しいのはいつものことだし、その間にわたしはたっぷり彼の真剣な表情を間近で堪能することができるから。
ただやっぱりちょっとは寂しかったりもするので、シャルをこれだけ忙しくさせているクロロの生え際がじわじわ後退すればいいのになぁ、なんて考える。

「よし、オッケー。あ、コーヒーも買ってきてくれたんだ。サンキュー」

その後ようやくキリの良いところまで進んだのか、シャルは缶のプルタブを引っ張りながら資料に目を落とす。その一挙手一投足をわたしに凝視されているというのに、相変わらず彼は涼しい顔だしそれより何より顔面が良い。くるんと丸い翠の瞳はまるで宝石みたいだし、少し色素の薄い茶髪も羨ましいほどにさらさらだ。
小さいときから女の子みたいで可愛いなあって思っていたけど、まさか大人になっても可愛い顔立ちのままい続けてくれるなんて。あぁ、眺めているだけでうっとりしちゃう。

そう、ここまで語ればさすがにわかってもらえたと思うが、わたしは昔からずっとシャルに恋をしている。
隠すつもりは毛頭ないのでわたしの気持ちは他のメンバーに知れ渡っているし、なんならシャルに直接告白したこともある。けれどもシャルはわたしが告白しても、いつもあはは、と笑うばかりで、嫌だとも良いともはっきり言ってくれなかった。

「へぇ、やるじゃん。まさかナマエにこんな使い道……いや、特技があったなんて思わなかったなぁ。正直、このレベルの情報を手に入れてくるのは厳しいだろうなって思ってたんだけど」
「えへへ〜すごいでしょ。褒めて褒めて〜」
「そうやってすぐ調子に乗るとこ、ウザ可愛いと思うよ」
「か、可愛い!?わたしが?やったー!」

シャルに可愛いなんて言ってもらえたのは、一体何年ぶりだろう。ていうかそもそも、そんな機会あったっけ。
しかし今は呑気に幸せ回想モードに入っている場合ではない。大事なのは過去より現実!現実より二人の輝かしい未来!シャルがちゃんとわたしのことを好きになってくれたのか、しっかり確認しなくては。

「”愛の計測器(ハートチェッカー)”」

わたしのその言葉とともに、ぽやん、とシャルの頭上にハート形の測定器が現れる。ピンク色の可愛らしいそれは、なんと相手が抱く愛情の値を数値化して表してくれる代物で、散々皆から無駄遣いだと馬鹿にされたわたしの能力である。
やや脳筋に偏りがちな蜘蛛の彼らにはわからないかもしれないが、世の中にはパートナーの愛情を確認できたら、と思っている人はたくさんいると思う。
愛情というのは別に何も恋愛だけの話じゃない。いつも叱ってばかりの母親とか、にこやかに接してくれるクラスメイトのあの子とか、本当は一体どのくらいわたしのことを好きでいてくれてるんだろうって、確かめたくなっちゃうのはそんなにおかしいこと?

もちろん、流星街育ちのわたしには母親もクラスメイトもいなかったけれど、だからこそ他人の愛情を確かめて安心したいって思う気持ちは人一倍強かった。この人だけはわたしのことを心の底から好いてくれてる、っていう無条件の安心感を、数字としてしっかり確かめたいのだ。
わたしは期待を込めて、表示板の数字がハイスコアを出す瞬間を、今か今かと待ちわびていた。

「……まったく、いつもよく本人の前で堂々とやるよね」

そしてそれを見たシャルは呆れたようにそう呟いたが、別にわたしの妨害をするわけでもなく、黙って資料の続きを読み始めたのだった。


△▼


人はわたしの行動を不毛で哀れだなあって思うかもしれない。もちろん、健気だなと涙してくれるか、馬鹿だなって嘲るかは個人の性格次第なので、後者の場合だったなら少し口を噤んでいてください。あとついでに呼吸も止めてください。

まぁ確かに、かなり苦労して情報を手に入れたというのに、シャルが先日叩き出した”愛の計測器(ハートチェッカー)”のスコアはたったの46点だった。一応これでも昔の6点――毎日通る道にある飛び出し危険の立て看板に抱く程度の愛情――よりは、随分と良くなったほうである。それもこれも全部、長年に渡って彼のお願いごとに応えてきたわたしの涙ぐましい努力の成果であり、現在の46点――たまに遊ぶ友達の中の一人に抱くくらいの愛情――を獲得するに至ったのだ。
そして今後も地道にスコアを上げていって、いつか100を目指したい。100になったら、いやもしかすると80くらいでも、シャルの方から好きだって言ってくれるかも。
想像したわたしは思わずここがどこかも忘れて、ぐてっとだらしなくにやけてしまった。


「ねぇパシリ女、黙ってにやにやされると気持ち悪いんだけど」

しかし楽しい楽しい妄想の時間は、冷めきった視線と声の横槍によって中断される。ほとんど真上を向くようにして見上げた先には、まるで人形みたいに恐ろしいほど整った顔がこちらを見下ろしていた。

「だ、誰がパシリよ!」
「もちろん、ナマエのことだけど」
「パシリじゃないもん、わたしは好きな人の役に立ちたいだけ!ていうか、誰よ。イルミにパシリなんて言葉を教えたのは」

隣でぴしりと高級そうなスーツを着こなし、憎らしいほどキマっているのはあの暗殺一家ゾルディック家の長男である。そしてここは、普段のわたしの生活からは程遠い、優雅なセレブの集まるパーティー会場だった。
暗殺というとどうにも泥臭い、真っ当な仕事に就けない人間がやるようなイメージだったけれど、彼は生粋の金持ちのボンボンであるのでごく自然にこの空間に溶け込んでいる。そんな彼だからこそ、”パシリ”なんて言葉が出てくるとは思わなかった。

「クロロがそう言ってたよ」
「やっぱりあの男か……はぁ、ほんとに一回禿げても罰は当たらないと思うんだけど」
「針を刺せば、髪型くらい簡単に変えられるけどね。今のナマエみたいに、骨格を変えるよりはるかに簡単だよ」

そう言ってイルミは、まるで子供にするみたいにわたしの頭をぽんぽんと叩いた。実際、今のわたしは針で10歳程度の子供の身長にまで縮んでいるので、傍から見る分にはさほど違和感はない行動だと思う。けれども、中身は当然わたしなので、そんなことをされても嬉しくないどころか腹が立つ。イルミは絶対に可愛くてつい、みたいな理由で、頭を触ったりしないと思うからだ。

「いやー、それにしても我ながらよく出来てるよね。ナマエがもともと幼児体型だっていうのも大きいのかな?これなら、ロリコンのターゲットもきっと騙されてくれるよ」
「ううっ、こんな仕事だってわかってたら、絶対に引き受けなかったのに……!」
「引き受けるも何も、情報と交換で労働することを選んだのはナマエでしょ」

彼はやれやれと言ったように肩をすくめて見せたが、本当のことなので何も言い返せない。ちょうど子供の姿なので、周りに気兼ねせずにぶすくれられる、という利点はあったけれど、イルミはわたしが拗ねたところで全く意に介さないだろう。
そう、すべては金。金がないから健気で哀れなわたしは、シャルに褒められたいがためにこの男に身売りしたのだ。そうでなければ誰がこんな、失礼極まりない男の仕事の手伝いなんてするもんか。
可愛らしすぎるピンクのフリフリドレスに包まれたぺったんこの胸を見下ろせば、嫌でも深いため息が漏れた。

「とりあえず副作用とかはないよね?私の魅惑のボディはちゃんと返ってくるよね?」
「うーん、針無しだと通常もって4、5時間ってとこかな。残念だけど副作用はないから、元に戻るだけで魅惑のボディにはならないと思うよ。
 あ、そうそう元に戻るときは縮んだときの5倍は痛いから覚悟してね」
「ええっ、ついでなんだから魅惑のボディにしてよ!?」
「それを言うなら、顔を弄ったほうがよくない?ロリコンだからって、子供だったら誰でもいいわけじゃないと思うんだよね。それが少し心配でさ」

は〜〜失礼。失礼しちゃう。こんなにも失礼なことってある?失礼すぎて逆に清々しくなるくらい。せめてこっちの反応を覗うかのように意地悪く笑っているならはいはい冗談ねと流せたが、イルミという男は真顔で真剣に中傷してくるから困る。いくらへこたれないことに定評のあるわたしでも、戦車も一発みたいな破壊力抜群のバズーカ口撃は勘弁してほしかった。

「あ、そうだ。顔を弄れば少しはあの蜘蛛の男にも振り向いてもらえるんじゃない?」

イルミのそれはわたしによく効く。ほんとにわたしのこと嫌いすぎでしょ、と思うくらいにいつも的確だった。

「効果は4、5時間なのにその手には乗りませーん。どうせまたボッタクられるの目に見えてるし」
「残念、気づかれたか」
「ざまあみろ、この守銭奴!」
「別にざまあみろと言われるようなことは何もないけど」

実はわたしはシャル以外の人間にもこの”愛の計測器(ハートチェッカー)”をよく使うのだけれど、この男にだけはそもそも使おうと思ったことすらない。
というのも、わたしがこの念を編み出した動機は”愛情を確認したい”ということなので、愛情の欠片も持ち合わせていなそうな人間に使う理由がなかったのだ。
だって、いくらこっちも好ましく思ってないとはいえ、さすがに0を叩きだされたら癪じゃない?そしてやっぱりちょっとは傷つくだろう。
イルミはどこか遠くの方見ていたかと思うと、不意にわたしの手を握って会場内を歩き始めた。

「見つけたよ。じゃあ教えた通り、あいつに上手く気に入られること。いいね?」
「うん」

頷いてはみたものの、いつにも増して高い位置にあるイルミの澄ました顔を見て、わたしはどんより重い気持ちになる。
そもそもロリコン相手に子供の格好で囮になれと言う男なのだから、やっぱり”愛の計測器(ハートチェッカー)”なんて使うまでもないのだった。


△▼


人は今のわたしの状態を見て、とんでもない間抜けがいたもんだなって笑うかもしれない。もちろん、この場合の人というのはイルミのことなので、実際には笑うどころかボロクソに言われると思う。わたしがミスをしたということはもう十分にわかっているので、どうか針だけは勘弁してください。あぁ神さま、イルミ様。

まぁ確かに、結果的には失敗はしているものの、ターゲットに気に入られるところまではわたしもちゃんと仕事出来ていたと思う。わざわざ大げさに子供っぽい言動をして、イルミの妹役としてそこそこの演技はできていたはずなのだ。そうでなければ、あのいけ好かないおっさんがわたしを部屋に誘ってくるはずがない。

ターゲットのおっさんは、わたしがお人形遊びが好きだと言うと、部屋に可愛い人形がたくさんあるんだよとこっそり囁いた。わたしの感覚では部屋に可愛い人形をたくさん持ってるおっさんはロリコンでなくてもその時点で無理なのだけれど、ここはまぁ仕事なので素直に興味を示して見せる。イルミもちょうど電話がかかってきたという体でおっさんの前から失礼し、こうしてわたしはまんまとおっさんの魔の手に落ちることとなったのだ。


「で、なんでオレが来るまで待てなかったの」
「……だって、べたべたされて気持ち悪かったんだもん」

今現在の状況を簡単に説明すると、おっさんの部屋にわたしとイルミとおっさんの死体、という感じだ。
おっさんはまだ死んで間もないために、一見すると泥酔して倒れているようにも見えるが、ちゃんとその首には絞められた跡がくっきりと残っている。「べたべたって具体的に何されたの?」わたしが勝手な行動したことを責めるわけでもなく、意外にもイルミはわざわざ屈んで視線を合わせてきた。

「いや、そこまで大したことじゃないけど……」
「全部言って」
「えぇ……言わされるのもセクハラなんですけど」
「まさかオレに言えないようなことされたの?」
「違う違う!もーわかった!抱っこされて匂いをかがれたくらいだから!ていうか、それよりも早くなんとかしないと!」

そう言ってわたしが指さしたのは、おっさんが死んだと同時に突如として現れた爆弾。これこそが今現在私を困らせ、任務失敗では?と焦らせている原因である。おっさん自体は念能力者ではなかったので、これはおそらく他の誰かにかけられていたものなんだろう。発動条件は見る限り対象者が死ぬことで、たぶん証拠隠滅の為なんだと思う。特殊な性癖を持っていたおっさんは当然のように後ろ暗い事も多くやっていたのか、死ぬなら秘密もあの世へ全部持っていけという取引相手か何かの仕業に違いなかった。

「あのおっさんが死んだらね、爆弾がカウントを始めたの。なぜか猶予として10分間はあるみたいだけど、この部屋からも出られなくなっちゃって」

まぁ普通、いくら爆弾があろうとも10分もあれば念能力者ならさっさと避難できる。だが、爆弾が発動すると同時に、この部屋は念でできた捻じれ空間へと変わってしまったらしい。イルミはおっさんの死後に部屋に来たので”入ってくる”ことはできるみたいだが、その逆の”出る”ができない一方通行のようだ。つまり設定された10分間は、猶予どころか獲物が死に怯えるのをいたぶる時間でしかない。この念の術者はとことん性格の悪い奴なんだろう。
もっと、わたしみたいなハートフルな念能力にすればよかったのに。

「うん、知ってるよ。だからナマエを呼んだんだって」
「えっ?」
「こいつを殺してほしいって依頼がきたんだけど、こいつを殺せばもれなく爆発に巻き込まれるってわかってたわけ。でも、ナマエの念能力なら爆発くらいなんともないだろ」
「あっ、そっか!」

イルミの指摘に、今更のように思い出した。そうだ、わたしには”愛の計測器(ハートチェッカー)”の他に、もう一つ素敵な念能力がある。こっちは滅多に使うことがなかったので、正直なところイルミに言われるまですっかり忘れていたが、これほどぴったりの機会は他にないだろう。
わたしのもう一つの念能力、”相対する生の領域”(ハートオブテリトリー)”は、対象を取り囲むように透明な壁を発生させ、物理攻撃だろうが念の攻撃だろうが一定時間は絶対に防御してくれる優れものなのだ。
これはわたしを愛してくれる人を、守られるだけじゃなく全力で守りたい!といういじらしい乙女の発想から生まれた念である。が、もちろん囲む対象は自分でもいい。だってわたしがわたしのことを大好きなのは、確かめるまでもないのだから。

「うわー、わたし天才!もう爆弾なんて怖くなーい!それじゃあ早速、」「ねぇ……」

しかしわたしが自画自賛しながら、”相対する生の領域”(ハートオブテリトリー)”を発動させようとしたところで、イルミがじとっとした視線で睨んでくる。「な、なに?どうしたの?」感情をあまり表に出さない彼だからこそ、そうした重めの視線は無視するのが難しかった。

「あのさ、まさかとは思うけど、もしかして自分だけ入るつもり?」
「え、だってイルミなら大丈夫でしょ。強いし?」
「はあ?オレのさっきの話聞いてた?いくらオーラである程度防御できるっていっても限界があるよ。オレは強化系じゃないし、凝でガードしても9mmパラ程度になると普通にダメージを受ける。しかも爆弾なら全身覆わなきゃなんないんだよ?オレが死んでもいいの?」
「いやまぁ別に……?」
「ナマエってほんとに人でなしだね」

あの冷血漢イルミに失望した、と言わんばかりにため息をつかれ、じんわりわたしって冷たいのかな?と思い始める。だって、逆の立場だったらイルミ絶対わたしのこと見捨てるじゃん。わたしたちって今までそういう仲良しこよしでやってきたわけじゃないし、イルミに至ってはわたしに暴言しか吐いていない。
しかも、わたしはなにも意地悪でイルミをバリアの中に入れてあげないわけではないのだ。

「そう言われても、わたしのこれ、”愛の計測器(ハートチェッカー)”で30点以上出した相手じゃないと発動できないんだもん」

”相対する生の領域”(ハートオブテリトリー)”で作れるバリアの効果時間は、30点を超えた分1点につき5分と決まっている。最高値は100点なので、単純計算で最長14時間半ほど展開することが可能だ。
爆発はそう長い時間ではないので、これを凌ぐだけならそう高い点数は必要ないだろうけど、そもそもイルミがわたしに30点以上の感情を抱いているとは思えない。ちなみに、この最低ラインの30点とは、皆さんでどうぞ、と置いたお土産のお菓子を食べられてもギリギリ腹が立たない奴、程度の感覚である。

「時間ないしとりあえずやって」
「わかったよ。バリアは1回出すとしばらく発動できないし、わたしは一緒に死ぬ気なんてないからね!一発でちゃんといい点出さなきゃ知らないよ!」

ええい、こんなことでもなければ、イルミの愛情度なんて見ようとも思わなかったが、覚悟を決めて念を発動する。まぁ最悪、イルミが0点をたたき出したとしても、すぐにわたしのことを嫌いな奴がこの世から消えてくれると思えば許せなくもない。

「”愛の計測器(ハートチェッカー)”」

呟くと、いつも通りイルミの頭上にぽやん、とハートの測定器が現れた。無駄に身長が高い上、今はわたしが子供の身長なので上を見るのも一苦労だ。うわーもしかして今のわたしはこの男相手に上目遣いになってたりする?えー勿体無さすぎない?どうせならシャルに使いたかったんだけど、とそんなとりとめない無いことを考えているうちに、計測終了のピロン、という通知音がなる。
そして画面に表示された値を見たナマエは、絶対にシャルには見せられないような大口をあけて固まった。

「……は?え?はぁ?????」

そこに表示された点数は100。正真正銘の最高値だ。信じられない値に固まるわたしに、珍しく怒ったようにイルミが強い口調で言う。「早くして。時間ないって言ってるだろ」促されるまま、わけのわからないまま、わたしはもう一つの念能力を発動した。

「”相対する生の領域”(ハートオブテリトリー)”!」

瞬間、透明な壁がイルミとわたしの周りを包む。
爆発が起こったのはわずかその数秒後であったが、領域内は風ひとつ起こらない平和さだった。だけどわたしの心は爆弾よりも強い衝撃に混乱を極めていたし、脳内はまさに爆風吹き荒れる状態だった。

「はあ、なんとかセーフだったみたいだね」
「セーフっていうか、え、え、ええぇぇええええ!!?!」
「うるさい、こんな至近距離で大声出さないでくれる?」
「だって、そんな、ええっ!?嘘でしょ!100???」

確かにイルミの言う通り、”相対する生の領域”(ハートオブテリトリー)”の範囲はそう広くない。仲良しの2人である前提だから、パーソナルスペースはガン無視した密着構造になっているのだ。
しかし、こればっかりは騒ぐなというほうが無理な話である。
わたしはこれまでの人生で、こんな数字は未だかつてお目にかかったことがなかった。長い付き合いの旅団のメンバーでさえ、軒並み40〜60点の間をうろうろしているくらいで、1番仲良し(だと思っている)マチちゃんでさえ58点。カラオケでそこそこ気分よくデュエットできるレベルの愛情度なのだ。
それなのになんでこの、顔を合わせれば罵倒中傷悪口嫌味しか言わないような男が、あっさりと100点をたたき出すのか!

「わ、わかった!さてはイルミ、助かりたいがために自分に針を刺したんだね!自分を操作して私への愛情度を誤魔化したでしょ!むむむ!卑怯なり!!」
「はぁ、一体オレのどこに針が刺さってるって?」

そう言うとイルミはわたしをひょい、と抱き上げ、確認してみろとばかりに手を取って自分の身体に触れさせる。頭や首周りはまだよかった。そこから鎖骨、肩、とだんだんと下がっていくにつれ、かあっと顔が火照ってくる。

「ぎゃー!!変態!!」
「触ってるのはナマエでしょ」
「触らせてんのはイルミじゃん!!ちょっと、もう!ふざけるのもいい加減にして!出る!これはなにかのバグ!こんなのありえない!解除解除!」

幸いにも爆発は念によるものなので、二次災害として火事が起こることはない。部屋の物はわたしたち以外跡形もなく消えていたが、唯一残っている扉からは元の空間に帰れそうだ。”相対する生の領域”(ハートオブテリトリー)”はわたしの意思で解除できるので、たとえ100点をたたき出されようと、14時間半もこの男と密着しなければならない理由はないのである!

だけど、どんなにわたしが念を解除しようとしても、透明な壁はびくともしなかった。使うのは久しぶりとはいえ、いつもだったらまるで魔法みたいにすうっと消えてしまうのに。「なんで?!ほんとにバグったの?」がんがん、と内側から叩いてみるものの、やはり壁は相変わらずしれっとそこに佇んでいた。

「壊れちゃったんじゃない?ナマエのチェッカー」
「そんなわけ……」
「例えばほら、メーターが振り切れちゃったとか」

はっきり言ってイルミも閉じ込められている状況なのに、彼は呑気に頭上のチェッカーを指さす。画面は相変わらず100だった。100だが、なんだか様子がおかしい。表示画面がもう無理ですと言わんばかりに点滅を繰り返し、0の部分がハートに変わっていた。こんなの、わたしですら見たことない。
思わず改めて、目の前の男の顔をまじまじと見つめたが、やっぱり彼はいつも通りの無表情だった。

「……まさかとは思うけど、本気?」
「なにが」
「イルミって、わたしのこと好きだったの?」

正直、まだバグの線は消しきれてないが、ここまで見せつけられては観念する他ない。しかし、しかしだ。もしそうなのだとしたら、この男の頭はどうなっているのか。もしもわたしのことが本気で好きで意地悪していたのだとしたら、小学生男子も驚くほどの幼稚さである!

「ていうかさ、これどうやったら出られるわけ?」
「ちょっと、ちゃんと答えてよ!」
「まさか、自然解除を待つなら、14時間半もここでナマエと2人ってこと?あ、でもメーターが振り切れてるのなら14時間半どころじゃないかもしれないね。あー参ったなー」
「もう!イルミってば!」

まったく真剣に答える気のないイルミに、焦れたわたしは彼の胸ぐらを掴む。抱っこされているからこそできた芸当だが、イルミは少しも意に介した様子はない。

「そうかもね」

それどころか逆に身を乗り出してきたかと思うと、いきなり私の唇を奪った。

「っ!!?なっ!!」

それは、親愛だと言ってしまえるようなフランクな口づけだった。
実際、”愛の計測器(ハートチェッカー)”が表すのは、恋愛感情に限った話ではない。しかし、どういう意味にしたっておかしいことには変わりがなかった。基本的に家族と仕事にしか興味がなくて、今まで散々わたしのことを馬鹿にしてきたイルミがわたしを好きだなんて!

「なにすんの!?あんたなんて大嫌い!」
「ほんとにそうかな?どうせ大した念じゃないし、メモリ余ってるでしょ。お互いの数字でも見られるようにしてみれば?」
「あーほんとむかつく!!たとえ見たところで、私からイルミへの愛情度なんて0も超えてマイナスよ!乙女の唇を勝手に奪うだなんて!」
「じゃあ、許可取ればしてもいいの?」
「はぁっ!?」

ここは狭い。大きく仰け反ったわたしの後頭部はごちん、と痛そうな音を立てて壁にぶつかる。そもそもイルミの腕にホールドされている時点で、どこにも逃げ場なんてなかった。

「ダメダメ、私にはシャルという心に決めたひとが……!」
「あれだけの時間をかけても相手にされてないくせに」
「そんなことないもん!いつか、100にしてやるんだから!」
「だからさ、もうここに100の男がいるんだから、大人しくオレにしておきなよ」
「そ、そんな!押しつけがましすぎる!だいたい急に言われても困るよ!」

今までイルミのことをそういう対象として見たことはなかったし、それはお互い様だと思っていた。だけどじゃあ今改めてどうだって言われたら、正直な話ちょっとどきどきしてる。よく見ればこの男も黒目がちな大きい目が可愛いし、髪も文句なくさらさらだ。性格だけはアレだけど、愛情度100なら……とも思ってしまわなくもない。
だってもうこの先、こんなにわたしを愛してくれる人って現れるんだろうか。
イルミは混乱するわたしに「確かにそれもそうだね」と珍しい譲歩の姿勢を見せた。

「うーん、じゃあこの14時間半の間に、ナマエにオレを意識させることができればオレの勝ち。オレの物になってもらうっていうのでどう?」
「な、何言ってんの……」

なにその地獄の耐久レース。普通に14時間もきついのに、なんでそんな精神的な責め苦を耐え忍ばねばならないのか。

「ていうか、身体!これ、4、5時間で戻っちゃうんだよね!?どうすんの、着替えとか!」
「はは、大丈夫だよ。オレたち以外誰もいないし」
「いやいや待って!おかしいから!イルミ頭おかしい!」

せめてもの抵抗でイルミの胸を拳で叩けば、彼は珍しく口角をあげて笑う。「はは、そうかもね」それは、イルミってこんな笑い方するんだ、って思わず見とれてしまうくらい綺麗な笑みだった。

「だって、ナマエに100点出しちゃう男が、おかしくないわけないだろ?」
「……本気なの?」
「だから、たっぷりわからせてあげるって言ってるのに」
「……」

たぶん、これだけ喋ってもまだ30分も経ってないだろう。
自分では確認できないけれど、わたしはきっともう真っ赤な顔しているはずだ。全身が熱いから、嫌でもわかってしまう。

そしてどこかふわふわする思考の片隅で、”愛の計測器(ハートチェッカー)”が互いの得点を表示するものでなくてよかったなぁ、なんて手遅れなことを考えていたのだった。


MARKER MAKER様に提出
※念能力のideaはMaybe notの
うる子さんから頂いております


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