■ ◆こんな関係
─そろそろこんな関係も辞めにしない?
私の頭を機械のように一定のリズムで撫でつつ、イルミがちっとも寝起きとは思えない顔でそう言ったから、あぁもう潮時かなんて思った。
そういや、イルミと付き合いはじめてもう2年ほどになる。絶対すぐに捨てられるか、私が彼のきちきちした性格に音を上げるだろうなぁと覚悟していたけれど、案外馬が合ったというかなんというか。
お互いあんまりこだわらない性分だから何周年だろうとお祝いなんてしなかったが、今イルミに改めてそう言われて月日の経つ早さを思い知った。
「そうだね、もういい加減にね」
彼もまだ若いとはいえ、お家柄結婚したっておかしくない年頃。そうでなくてもイルミは普段から母親にせっつかれているらしかったし、きっとそろそろ身を固めるのだろう。
ゾルディック家に嫁ぐぐらいだから、美人で強くて品があって家柄が良くて、そんなハイスペックな人間大変そう。
とにかく後腐れのないようにしようと思って、ナマエはすう、と深呼吸した。
うん、遅かれ早かれこのつもりだったし。
「別れよっか」「結婚しようか」
「えっ」「え」
頭を撫でていたイルミの手がぴたりと止まる。私達はしばしの間じっと見つめあっていたのだけれど、元から無表情のイルミがさらに無表情になったような気がした。
「どういうこと」
「え……」「別れるって、どういうこと」
イルミの声は基本的に男にしては高めだと思う。それなのに今の彼の声は平坦ながらもどこか脅すように低い。
肩を掴まれ、骨がみしりと音を立てた。
「いや、だって…結婚?え?」
「嫌なの?」「嫌っていうか無理じゃない?」
「なんで」
なんでと言われましても……。
私は身の危険を感じて逃げようとするが、がっしりと掴まれていて身動きが取れない。
よく考えればプロポーズされたというのに、甘い雰囲気は全くなかった。
「ま、待ってよ。イルミのことが嫌いになったわけじゃないよ。結婚しようって言ってもらえて夢みたいだもん」
「じゃあいいよね?結婚してくれる?」
私の返事にふわり、とイルミの雰囲気と同時にホールドも緩む。
私はにっこりと微笑んで、タオルケットを手でたぐり寄せた。下着はつけていないが、この際恥ずかしいだなんて言ってられない。命には変えられないのだ。
「イルミのこと大好きだよ」
「ナマエ…」
「でもね、」
突然、がばりと起き上がった私はタオルケットをぐいと引き寄せ身体に巻き付ける。
予期せぬ事態に驚いたのかイルミはころりとベッドの上で半回転し、その猫のような瞳を見開いていた。
「やっぱ無理!私、ゾルディックになんて嫁げない!」
そんな覚悟は出来てないの。とにかくこうなったら逃げるが勝ちだ。
裸にタオルケットを一枚巻いただけの状態で、私は窓から外に飛び出る。ここが高級ホテルの高層階だろうが、そんなことはお構いなしだ。
逆に誰も見てないから都合がいいと、隣の建物へと飛び移った。
「ナマエ!」
「ごめんねイルミ!」
「オレは諦めないよ」
こんな風に逃げ出したことが、かえってイルミの決心を固めたとも知らないで。
「ナマエしかいないよ、こんなマネする女。十分ウチでやってけるよ」
それ以来ナマエがイルミにストーカー、いや奇襲されるようになったのは想像に難くなかった。
「結婚して」
「無理だってば」
「結婚しろ」
「強制か」
私達の鬼ごっこは一体いつまで続くのでしょう…。
「イルミ、そろそろこんな関係も辞めにしない?」
「え、結婚してくれるの?」
「ストーカー辞めてください」
END
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