- ナノ -

■ ネガティブちゃんと天然くん

イルミは天然だ。あれで本当にあの有名な暗殺一家の長男なのか、と心配になるくらい天然だ。
いや、もちろん彼は暗殺者としては優秀すぎるくらい優秀なのだが、仕事以外では世間知らずというかお坊ちゃん気質というか…。
ヒソカもからかい甲斐があると言っていつも楽しそうにしている。

そして現在私はそんな彼に頼まれて、彼の見合いを断るべく恋人のフリをしている。
同業で顔見知りだし、恩を売っておいて損はない。
それに一時的にとはいえ天下のゾルディックごっこが出来ると思うと面白そうだったので引き受けたのだが、ここでもその天然ぷりは遺憾無く発揮されていて私はほとほと困っていた。


「別に、ナマエがいるからオレは暇じゃないよ。何もしてなくても居てくれるだけでいいし」


一応イルミは顔立ちが整っている方だし、こんなことを言われてドキッとしないわけがない。
しかも、クールそうな彼が言うから余計に。
天然は天然でも天然たらしは迷惑だ。
恋人のフリ、だということを忘れてしまって本気になりそうになる。

でも本気になれば本気になるだけ後で自分が辛いに決まってるから、彼の言葉は適当に受け流すようにしていた。
そこに恥ずかしさも相まってついつい冷たい態度をとってしまうことも。

「私っていつまで恋人のフリ続ければいいの?」

「え?」

正確には『いつまで続けていていいの?』という感じ。
私はいつまでイルミと一緒にいていいの?
暇だと言ったらどこかに行こうだなんて、まるでデートみたいじゃん。

だが、私の問いに彼は首をこてんと傾げた。

「…オレ達って付き合ってるんだよね?」

「そういうことになってるね」

あぁ、まだいいんだ。思わずよかった、と思ってしまう自分が悲しい。いつか来る別れの時もあっけらかんとしてなきゃいけないのに。
彼も私が恋人役を辞めてしまうと困るのか、あーびっくりした、と真顔で言った。
そして何かを心得たかのように話すから、出かける先が決まったのかと思った。

たとえごっこだとしても、イルミと出かけるのは嬉しい。私がうるさく暇だと言ったせいかもしれないけれど。


※※


「...なんで手繋ぐの?」

「だって恋人だし」

イルミは当たり前だろう?と言わんばかりの顔でこちらを見る。
私はそれになんと返事をして良いかわからず視線を反らした。繋いだ手が熱い。
さては、お母さんの監視は家だけでないのか。
イルミもこう見えて苦労しているんだな。

こうして昼間に出かけたのは本当に久しぶりで、落ち着かない気分になったけれど、真顔のイルミもなんだかソワソワしているように見えた。

「どこに行きたい?」

「え、イルミ決めてくれたんじゃないの?」

「そんなこと言ってないけど」

じゃああのわかった、はなんだったんだ。
仕方が無いから、パドキアに最近できたばかりのケーキ屋さんに行きたいと言ってみる。断られるかもしれないけれど。
だが彼はまたわかったよ、と言った。気のせいか笑ったような気がした。

「行きたいところあるなら初めからそう言えばいいのに」

「行きたいと言うかまぁ……でも甘いものなんてイルミ食べなさそうなのにいいの?」

「別に適量なら嫌いじゃないよ」

「そう」

適量かどうかは自分で調節して。知らないよ。
でもまさかイルミとこんな昼日中にケーキ屋さんに行くなんて思いもしなかった。
いい思い出ができたかもしれない。

「でも、こうしてるとほんとにデートみたいだね」

私は切なさを紛らわせるようににっこりと微笑んだ。

※※


─デートみたいだね

そう言われた瞬間、オレの思考がぴたりと止まった。
思考と同時に歩くのも止まってしまっていたみたいで、繋いだ手に引っ張られてつんのめるナマエ。
振り返った彼女はやっぱり照れているようにも冗談を言っているようにも見えなくて、オレはますます混乱した。

みたいって、じゃあこれはデートじゃないってこと?

オレはもう一度確認のため、同じ質問を繰り返した。天邪鬼もここまで行くとタチが悪い。

「あのさ、ナマエ。
...オレ達って付き合ってるんだよね?」

「付き合って......うん。え?まだフリしてていいんだよね?」

「フリ?」

「え?え?」

オレが首をかしげると、今更のように慌て出す彼女。
話が見えてこない。フリ、ってなんだ。今は母さんなんていないのに、フリで出かけるわけないじゃないか。

黙り込んだオレに、今度は彼女の方から質問をしてきた。

「私たちって、付き合ってるフリしてるんだよね...?」

恐る恐ると言った感じで尋ねるナマエに、ようやくそこで謎が解けた。
彼女は大きな勘違いをしているのだと。そしてその誤解を解くにはどうすれば手っ取り早いのかも。

オレは繋いだままの手で彼女を引き寄せると、素早くもう片方の手を腰に回す。
そして驚いている彼女と目が合うやいなや、彼女の唇に自分のそれを重ねた。

「んっ...!?イル、ミ...?」

「そう言えば、ちゃんと告白してなかったから。
好きだよ、ナマエ」

「......へっ?」

「フリじゃなく本物になればいいよ。
ていうか、オレはもうその気だったんだけど」

それってつまり......、と呟いた彼女はみるみるうちに赤くなっていく。天邪鬼どころか、むしろ分かりやすいくらい。
誰だよ、天邪鬼とか言った奴。ヒソカか。

白昼堂々、公の場でキスをしたせいで、周りからの視線が集まる。でも今はそんなことすら彼女は気づいていない。ふいに、泣き出しそうな顔になった。

「‥‥やることと言うことの順番が違うよ、イルミ」

「嫌だった?」

「断られるかも、とか思わないわけ?」

オレ、断られるの?
むしろオレはとっくに恋人だと思ってたんだけど。

そう言うと彼女は目を丸くし、それからくすくすと笑い出した。

「断るわけない‥‥イルミのこと好きになっちゃったし」

「天邪鬼、じゃないよねそれは」

「何のこと?」

もしかしてオレって騙されてたのかな。
でもまぁいいや、今はこうして無事にナマエがオレのものになったし。

「それにしてもオレあんなに色々言ってたのに、どうしてフリだと思ってたのさ」

「だって、イルミが私のことなんか好きになるわけないし‥‥」

「ネガティブだね」

「むしろ私はイルミのポジティブさに驚いてるから」

なぁんだ、結局オレ達は正反対なのか。お互いに無いものを補い合って、相性いい訳だ。

「好きだよ、ナマエ」

「‥‥だから、恥ずかしくないの?」

「無いよ」

「‥‥そう」

相変わらず、照れるのは変わらないみたいだけど。

「わ、私も好き‥‥だよ」

しっかりと繋いだ手は、もう離さない。


End

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