- ナノ -

■ よろしくまでの過程

兄貴が告白をするらしい。

昨日、何を思ったかイルミはそれを弟たちの前で宣言して、宣言されたキルア達はというとただただ面食らうしかなかった。今まであの兄貴からそういった色恋の話を聞いたことはなかったし、むしろ勧められる見合いは毛嫌いしていたように思う。

が、どうも今日その相手を家に呼ぶらしく、やたらと自信満々な様子の兄は勉強になるから見学していいと言うのだ。もしこれが他の奴だったら何を言ってるんだ気持ち悪い、と思うけれど、正直兄貴が選んだ女にも兄貴の告白にも興味がある。まぁ見せてくれるなら見てやろうじゃねーのという感じ。

ミルキは興味ないと言って部屋にこもったけれど、絶対あいつも盗聴してるはずだ。よくわからないがカルトにはまだ早いってことで、結局生見学するのはキルアだけになった。もちろんムードを壊さないよう、気配を消して隠れるよう義務付けられているけれど。


兄貴の部屋に隠れてスタンバイしていると、もうそれだけでかなり緊張する。部屋の扉が開くまで到着に気づけなかったから、やっぱり相手の女も同業者みたいだ。ドキドキしながら部屋に入ってきた二人を見守っていると、不意に兄貴が女の肩を掴んだ。

「オレ、ナマエのことが好き」
「きも、私はきらい」

……これは部屋に入ってすぐの出来事だ。

壊すことを懸念されていたムードはそもそも形成されることなく、兄貴の極めてシンプルな告白すらも無残に散る。というか、なんだこれ。なんの茶番だ。女の方も告白されたというのに動揺すら見せず、間髪入れずに返事をした。しかも嫌いって。
一体どうなるんだ、とキルアが固唾を呑んで二人を注視していれば、何事もなかったように兄貴は彼女の肩から手を離し、さらりと髪をかきあげた。

「嫌よ嫌よも好きのうちってね」
「寝言は寝てから言って」

……この場合、メンタルが強いのは兄貴なのか彼女の方なのか。

しかしあの兄貴が気に入るだけあって、なかなか手強そうな相手だ。ぴしゃりと兄貴の言葉をはねつけ、彼女はぷいとそっぽを向く。キルアとしては始まるまでの自信満々だった兄貴を知っているだけに、とてもいたたまれない。

が、当の兄貴は少し考え込むような仕草をしたかと思うと、不思議そうに首を傾けた。

「ていうかオレたぶん寝言言わない」
「言ってるかもしれないよ、意外と」
「とりあえず一緒に寝て確認してみる?」
「ルール決めてくれるならいいよ、その一私に絶対触らない」
「意味ないよそれじゃ」

兄貴が一歩詰め寄れば、彼女の方が逃げるように一歩下がる。そのおかげでキルアの位置からもよく彼女の姿が見えるようになったのだが、見た目には特に変わったところはない。そこそこ綺麗な顔はしているけれどこの程度なら普通にいるだろうし、性格も─まぁこれは強引すぎる兄貴が悪いんだろうけれど─良いように見えない。むしろ冷たい表情で兄貴を見ていて、優しそうって感じはしなかった。

「やっぱり変なことするつもりだったんだ?」
「だって一緒に寝てて抱かない方が失礼じゃない?」

思わずむせそうになるが我慢我慢。彼女の方もこれには呆れたのか、少しだけ目尻が下がった。

「いや、それどこの常識……」

そんな表情をしているとなかなか、いや案外可愛いかもしれない。兄貴はそこから畳み掛けるように口説きにかかったが、そこでキルアはやっとカルトにはまだ早いと言われた理由がわかったような気がした。

「きっとナマエも我慢できなくなるはず」
「随分と都合のいい妄想ですねー」
「ねぇ、ほんとに一回だけでいいからさ」
「最低だよ一回だけとか」
「かなり譲歩したつもりだったんだけど、ナマエがしたいって言うなら何度でも」
「もういい加減にしてよ変態野郎」

本当にいい加減にしてくれよ。キルアは一人で顔を真っ赤にさせて、それでもまだ気配をちゃんと消していた。いくらなんでも兄弟のそういう話は聞きたくない。しかもかなりダサい。
兄貴だってキルアがいるのはわかっているだろうに、全く気にした様子でないのがすごいと思った。

「うん、罵倒されるのも悪くない」
「いつからそんなヒソカみたいなこと言うようになったのかな……」
「何気にそれが一番傷つく」
「クロロだけがまともな気がしてきた」
「たぶんそれはないから」
「ランキング付けしてあげてもいいよ」
「よくない」
「イルミはストーカーランキング1位ね」

二人の会話によく知らない人名がぽんぽん出てきたが、とりあえずヒソカという奴は兄貴に負けず劣らずの変態らしい。自分の兄がストーカーランキングという不名誉なランクの1位を獲得してしまったわけだが、確かに束縛の激しい兄の姿は簡単に想像できてしまう。だが面と向かってストーカーと言われた兄貴は凹むどころか、今度は開き直った。

「狙ってる獲物を追いかけて何が悪いのさ」
「……さり気なく獲物とか言うのやめて」
「照れなくていいんだよ」

キルアは兄を応援すべきか女の方を応援すべきか非常に悩んだ。本来なら弟として兄を応援すべきだけれど、どうも無茶苦茶すぎて彼女に同情してしまう。それでも彼女、ナマエは慣れているのか、真顔の兄を適当にあしらっているようだった。

「よくもまあ次から次へとそんなこと」
「父さんならもっと上手くやる」
「ルックスはいいんだからイルミもそのお父様に口説き方習ったら?」
「来週その訓練あるし」
「紳士的な口説き方をちゃんと習ってきて」
「手早くヤレる方法がいいな」
「なんて下衆なの、下衆すぎるわ」

あぁ、兄貴の代わりに謝りたい。キルアはひたすら耐え忍ぶしかなかった。恥ずかしさと申し訳なさで爆発しそうになりながら、イルミの暴言ともとれるそれを聞いているしかない。ある意味拷問の訓練に匹敵するくらい辛かった。
けれどもイルミはまだまだ諦めないみたいで、この地獄のような時間は続いていく。

「悪くないでしょ、ナマエだけにしか使わないし」
「しょうがないなぁ……なんて言うとでも思ったか」
「母さんがそろそろ結婚しろってうるさいんだ」
「だからって別に私じゃなくていいでしょ」

「……よし、結婚しよう」
「羨ましいくらいに自己中ね、今の話のどこからそんな流れになるかな」
「なんとでもいいなよ、オレはナマエとじゃなきゃ嫌」
「やっぱり自己中」
「うるさい、結婚してくれるまで逃がさない」

とうとう壁際に追い詰められたナマエに、兄貴はいわゆる壁ドンの姿勢になった。しかも両手を壁についている状態なので、彼女のほうはまったく身動きがとれない。ようやくまともな告白らしくなってきたぞ、とほっとしていると、ナマエも少し真剣な表情になった。

「……イルミ、ほんとに私のこと好きなわけ?」
「結婚しようってさっきから言ってるでしょ」
「よく考えてよ、私なんてなんの取り柄もないし」
「知ってるよ、でもそれでも好きだから」
「ライクじゃなくてラブ?」
「不細工なナマエでも愛せるからそういう事だと思う」
「うわ、喧嘩売ってるなら買うけど」

ぱしり、と乾いた音がして何事かと思えば、彼女が兄貴を殴ろうとしたみたいだった。みたい、というのは彼女の拳骨(平手打ちではない)が兄貴の手によって止められていて、未遂に終わったからだ。
危ない女だな、と思わず呆れるが、兄貴にはこれくらいでちょうどいいのかもしれない。手を握ったままぐいと顔を近づけるからキスでもするのかと思えば、またもやとんでもない言葉が聞こえてきてキルアは耳を覆いたくなった。

「どこでヤろうか?」
「確実に字がおかしいそれヒソカ病」
「うそ、そんなのかかったらオレ死んじゃう」
「移さないで絶対」
「いや、そもそもオレも罹患してないし」
「してるよ、だってさっきから変態なことばっか言ってるしさすが類は友を呼ぶって感じ」

兄貴に友達はいないはずだけれど、いよいよヒソカという人物がヤバイ奴なのだと理解した。なぜなら名前が出たり同じだと言われる度に、兄貴の眉がぴくりと動く。無表情に定評のある兄貴が顔に出すほど嫌な相手なんて、キルアは絶対に関わりたくないと思った。

「自己嫌悪がすごいよ、今」
「まぁ反省出来るならいいんじゃない?」
「いいって結婚してくれるの?」

このとき、微妙な沈黙があって彼女は少し考えているみたいだった。もしかして、とうとう兄貴の押しの強さに根負けしたのか?あんなに至近距離で見つめられているというのに、彼女は目を逸らすこともなく深々とため息をついた。

「ノイローゼになりそうなんだけど……この話題何回目?」
「面倒だから数えてないけど、ナマエがOKしてくれるまで続けるつもり」
「……りんご」
「ゴリラ」
「ラッパ」
「パンツ一生洗ってくれませんか」
「……かなり強引だけど、そこまで言うならいいよ」
「余計にナマエのツボがわからなくなったんだけど、とにかくもうキャンセル効かないからね」


「ねぇ、これっていつまで続けるの?」

怒涛の展開に一人混乱していたキルアは、彼女の言葉にはっと全てを理解した。なんなんだこいつら。もしかして今までの台詞はずっと……だから兄貴はあんなに余裕だったのか!

「ノロケるのはよそでやれよ!」

下らない茶番に思わず叫んで飛びだせば、彼女とばっちり目が合って微笑まれた。くそ、可愛い。騙された。

「よろしくね、キルアくん」

でもこんな姉貴ができるのも悪くないと思ってしまった。

End

※ヒント→しりとり

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