■ ◆完璧
※若イルミ
「ナマエのこと見てたら、イライラするんだよね」
「なにそれ」
開口一番その台詞って酷くない?
ナマエは思わずムッとして、それを露骨に表情に出した。
イルミが毒舌かつ辛辣なのは昔からのことで慣れたと言えば慣れたのだが、会ってすぐこの調子だなんてあんまりだ。
しかも、最近は特に言葉の暴力がエスカレートしてる。
今までは適当に笑って済ませていたナマエも、毎回毎回そんなことを言われると流石に腹が立つし凹む。
そんなに私のことが嫌いなら、会わないようにしなさいよ、と言うと、イルミは驚いたように目を見張った。
「オレが悪いの?」
「は?」
相変わらず、訳のわからない男だ。
誰もそんなこと言ってないのに、イルミは心外だとばかりに眉をひそめる。
なんでこういう時に限ってポーカーフェイスしないの。
「悪いとか悪くないとかじゃないでしょ。イルミなら、気配で私のことわかるんだから自分で避ければいいじゃない」
「別に、イライラするからって見たくないわけじゃないよ」
「じゃあどうしたいのよ」
「…とにかく、見てないともっとイライラする」
視界に入ったら入ったでイラつくし、居なきゃ居ないでムカつくらしい。
横暴にも程がある。
ナマエは腹が立つやら悲しいやらで、もう知らないと言った。
「そんなの付き合ってられないよ。私がイルミを避けるから、もうこれでいいでしょ」
イルミは何か言いたそうに口を開きかけたが、私はそれを聞く前に彼の元を去った。
馬鹿みたい。嫌いなら嫌いとはっきり言えばいいのに。こんな遠まわしな言い方で言ってくるなんて返って陰湿だ。
実家同士の繋がりなんてクソくらえ。
たとえゾルディックが同業で馴染みがあるとしたって、イルミと私は折り合いが悪いみたいだ。
※※
イルミに会わない、と決めてから一週間後。
「ナマエ、話がある」
なんと彼から会いに来た。
叱られた子供みたいに気まずさを漂わせ、深夜血まみれの体で私の部屋を訪れたイルミ。
彼は珍しく玄関から訪ねてきて、ぽつりとそれだけ言った。
「…何」
もしかして謝りに?
でも彼がそんなことをするようには思えない。
喧嘩したと言えばしたのかもしれないけど別にどちらが悪いわけでもなかった。
イルミが私を嫌いだったとしても別にそれは責められることではないし、私だって顔を合わせる度に嫌味を言われるのなら会いたくない。
「まずは、謝りたくて」
「謝られるようなことされてない」
「…酷いこと言ったから」
「別に、本心なら仕方ないよ」
「本心だけど、そうじゃないんだ」
ええい、まったくもってはっきりしない。本心なら、私が嫌いってことじゃないか。もしくは生理的に無理ってことじゃないか。
イルミと話していたらこっちまでイライラする。イライラして泣きたくなってくる。私はイルミのこといいな、って思っていたから余計に。
だからこそ意地になって、無理して付き合ってもらわなくて結構だと思った。
「ナマエのことが、嫌いでイライラするんじゃないんだ」
「そう」
「本当だって。でもやっと理由がわかったから」
「いいよ、聞きたくない」
怒って彼を締め出そうとしたら、ぐっと腕を掴まれて押され、そのまま室内へとなだれ込む形になる。
思いがけず強い力に、こう見えて実は彼に余裕がないのだと悟った。
「ちょ、やめ「聞いて、ナマエ。オレはナマエと一緒にいたら自分が自分でなくなる気がするんだ。感情なんていらないのに、殺しのことだけ考えてればいいのに、そうじゃない自分に腹が立つ。でもね、やっぱり離れてみてわかった。本当はオレ、ナマエと一緒にいる時の自分が嫌いじゃないんだ。むしろ、すごく好きなんだよ」
いつも能面みたいな顔で真意の読めない彼が、珍しく途方に暮れているように見えた。酷い早口でまくしたてるように話すのは、困惑して、混乱して、それでもって必死な証拠で。これが彼の本心なんだと痛いくらいに伝わってきた。
「イルミ…」
「オレ、ナマエのこと…たぶん好きなんだと思う」
突然の告白に、私の心臓は大きく跳ねた。実感がわかない。
それでも嬉しかったから「私も」と口を開こうとした、その前に─
「でも駄目なんだ」
「…え?」
「そんなオレはいらないんだ」
イルミが何を言っているのかわからない。けれども理解しようとするより先に、鈍い衝撃がナマエを襲った。
「イル…ミ?」
開いた口の端から温かいものがつう、と伝う。視界に入ったイルミは泣き出しそうな顔をしていて、ああこんな顔初めて見たと思った。
「…なんで?」
「ナマエがいたら、オレは完璧になれない。
だから…」
絞り出すように紡がれた言葉に、貫かれた腹部とは違い胸が痛む。
「死んで」
彼の方はどこも怪我していないくせに、私よりも痛そうに顔をしかめ苦しそうだった。
だから私は黙ってイルミの腕に手を添えた。馬鹿だなあ、と思った。
イルミも私も。
「…いいよ」
「え…」
「イルミが、私を嫌いで…殺すんじゃないなら、いい…よ」
かっこつけて微笑んで見せようとしたけど、だめだ力が入らない。思わず前のめりになればイルミの胸に顔をうずめる形になって、血の匂いの中にふわりと彼の香りがした。
「ナマエ、ナマエ、待って。オレ、本当に」
自分で刺しておいて、今更何焦ってるの。
抱きしめられて彼の体が熱いのか、私の体が冷たいのかわからない。
─好きだったんだ
ぽつり、呟いたイルミの顔は視界が霞んでもう見られなかった。
それに見ないほうがいいと思った。
だって人を殺して泣くなんて、完璧な暗殺者と言えないじゃない。
「わかって…る、よ」
それにしても馬鹿な人。
私に意地悪していたのは、好きだったからなんだね。
そして私を殺したのも好きだったからなんだね。
だったら私の気持ちは伝えないままにしておこう。
後悔なんて完璧からは程遠いから。
だから私のことも早く忘れてね。
ナマエは自分を呼ぶイルミの声がだんだん遠ざかっていくように感じた。
End
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