■ ◆なにがほしいっていうの
どうやらイルミは埋め合わせをするということを覚えてしまったらしい。
狭いマンションの一室。
どう考えても不釣り合いな高価な物の山を見て、私は深い溜息をついた。
ドレスを貰ってもアクセサリーを貰っても、着ていく場所なんて一般人の私には無いのに、一体これをどうしろと言うのだろう。
そもそもイルミはあまりプレゼントをくれる人ではなかった。いや、正直なところ彼には記念日の類を祝う習慣が無いため、物として何かを貰うことは皆無だった。
かといって別にイルミはケチなわけでもない。むしろ私が引いてしまうくらいの店で普通に食事をしてカードでさっと支払ってしまうし、一緒にどこかに出かけて私が財布を出したこともない。
ただ単にプレゼントを贈らないのは、そういう発想が彼には無かっただけなのだ。
それではそんなイルミがどうしてこう部屋の中が埋まるまで物を寄越すようになったかというと、それは約束を破った彼がくれたプレゼントに私が大喜びしてしまったからである。
約束の内容は三か月ぶりのデートだった。滅多に会うことができないから、私は指折り数えて楽しみにしていた。
けれども生憎彼にお得意先からの急な依頼が入ってしまって、連絡のないまま私は家で待ちぼうけ。
怒るよりも先に悲しくなってしまって、やっぱり住む世界が違うから一緒にはいられないのかなと別れを考えたくらいだ。
そして約束の次の日。泣きながらお別れのメールをして仕事に出かけた私が帰宅すると、イルミが怖い顔をして部屋で待っていた。
「なんで」
一言だけそう言った彼は、驚いている私の腕を引いて無理矢理ソファーに座らせる。あの時送ったお別れのメールは何度も推敲した結果、酷く簡潔なものになっていた。だからきっと彼はわざわざ理由を聞きに来たんだろう。「なんで、別れるなんて言うの」言いたいことはたくさんあったけれど、久々に彼に会えた嬉しさと本当は別れたくない気持ちとで私はその場でわっと泣き出してしまった。
その時の、驚きと動揺がないまぜになったような彼の表情は忘れられない。普段が無表情なだけにとても新鮮で、困ったような雰囲気がどこか愛らしかった。
今度はなんで泣くの、と聞いたイルミに理由を説明するのは骨が折れたけれど、私達はそれでなんとか仲直りをした。
そして仲直りのしるしに私がねだったのが、今私が首にかけているネックレスである。
私は彼に一本でいいから針をちょうだい、と頼んだ。離れている間寂しいから、貴方を思い出させるようなものを欲しいと言った。けれども彼はこれは仕事道具だから、と譲らない。それもそうかと私が諦めかけたところに、彼は彼にしては珍しく素敵な提案をした。
針をモチーフにしたペンダントならいいか、と。
初めて貰ったプレゼントがそんな特別な物で喜ばないはずがない。
後日届けられたネックレスに私はデートをすっぽかされたことなんてどうでもよくなるくらいに大喜びした。
それから肌身離さず身につけて、本当に大事にしていた。
しかしどうやらそれでイルミは勘違いしてしまったようなのだ。
イルミの中では怒った私が別れのメールをして、その代償に針をねだったことになっているらしい。確かに結果だけ見れば間違いではないが、そこにあった私なりの色んな葛藤や気持ちの揺れをイルミは全くわかっていない。
そしてそれ以来仕事で会えない日々が続くと、彼は定期的にプレゼント送ってくるようになったのだった。
結局、今日も私はいつものように届いた荷物を見て深い溜息をつく。そろそろ来る頃だと思っていた。彼に最後に会ったのは一か月前だ。
両親が忙しい家庭の子はお金やおもちゃを与えられるパターンが多いと言うが、彼のこれも似たようなものだろうか。
危険な職業の彼だからこそ生存報告だと思えど、無機物ばかりに囲まれても私はちっとも幸せではない。
それどころか酷く退屈で酷く虚しい。物さえ与えておけば、と思われているみたいで少し腹も立った。
いつイルミが連絡をくれても会えるようになるべく予定を書き込まないようにしているカレンダーは、文字通り私に空白の時間を山のように与える。
「こんなの、いらない……」
包みを開ける前からベッドの上に放りだして、私は呟いた。最近では虚しいだけだから開けないことも多い。
私は携帯を手に取ると彼にメールを送った。仕事の邪魔をして万一のことがあってはいけないと思い、普段私から連絡を取ることは我慢していた。
けれども今日という今日は我慢できなかった。
もう、何もくれなくていい。
短くそうとだけ送って、自分もベッドに倒れ込む。布団を頭からすっぽりと被って、ただ待つだけの日々から目を背けた。
そして不貞腐れているうちに、私はいつしか深い眠りに落ちていった。
「ねぇ、」
どのくらい眠っていたのだろう。不用心にも開けていた窓の外は暗く、私はまだ寝起きの頭で身体を起こそうとする。けれどもイルミの夢を見たような気がして、そうしたら急にまた恋しくなって、再びベッドに沈みこもうとした。「ねぇナマエ、起きてよ」しかしその言葉とともに身体が引き起こされ、私はぱちぱちと瞬きをする。
暗闇の中に佇んでいたのは幽霊でも夢の続きでもなくて、正真正銘血の通ったイルミだった。
「な、なんで?え?イルミ?」
しばらく会えないとばかり思っていた。会えないのが当たり前になっていた。
しかし現に彼は今ここにいて、あの時と同じ質問を繰り返す。「なんで」混乱しているとぎゅっ、と抱き寄せられて彼の胸に顔を埋ずめる形になった。
「なんで、いらないなんて言うの。
……オレのこと嫌い?」
「……違う」
「じゃあなんで」「プレゼントはもういいよ。私が欲しいのは、欲しかったのは物じゃない」
いつも泣くのはずるいから、私はぐっと唇を噛み締めた。けれども私の言葉にイルミは驚いたみたいで僅かに抱擁が緩む。
「…じゃあ…なにがほしいって言うの」
困ったようなイルミの声音が相変わらず愛おしくて、けれども一向に気持ちが伝わらないことはもどかしかった。
「だから、私が欲しいのは、」
言ってしまっていいんだろうか。彼を困らせやしないだろうか。
せっかく泣くまいと思っていたのに、久しぶりの彼の体温に今までの想いが堰を切ったように溢れて止まらなかった。
「私が欲しいのはイルミだよ……」
蚊の鳴くような声で呟いたのに、彼にはしっかり聞こえたらしい。今度は反対に押し倒されて、視界いっぱいにイルミが映った。
「バカだね、オレもナマエも」
「……うん」
「送ったやつ、ちゃんと中身見てた?」
「え?」
どうせ開けてないんだろ、と少し呆れたようにため息をついた彼はぐい、と顔を寄せる。「式場のカタログとか、送ってたのに」意味が理解できなくて問おうとした唇は、彼の熱い唇で塞がれた。
「オレだって、もっと欲しいよ」
ちゅ、とわざと音を立てて離れたイルミはからかうように口角を上げる。それが恥ずかしくて、私は拗ねた様に両腕を目の上に置いて顔を隠した。
「……プロポーズされてないけど」
「それは次に会った時に言おうと思ってたんだ。
それなのに、もういらないなんて言うから驚いた」
「……いる」
小さく呟くと、腕がどけられて上から覗き込むイルミと目が合う。
頬を包みこむように彼の両手が添えられて、もう視線を反らすことは叶わなかった。
「なにがほしいって?」
「……意地悪」
わざわざ改めて聞いてくるイルミは性格が悪い。私が今更ながら恥ずかしくなって答えに詰まると、彼は甘く私の名前を呼んで急かした。
「たまにはオレにもプレゼントくれたっていいでしょ。
で、ナマエが欲しいのはなんだっけ?」
「……イルミ」
「オレがどうしたの?」
「あ、も、イルミのバカ!」なおもとぼけるイルミに私は堪らなくなって、覆いかぶさっていた彼の背中に腕を回す。
「欲しいのは、イルミだよ」
半ばやけくそになって白状すると、耳元で彼が小さく笑うのが聞こえた。
「じゃああげる」
End
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