■ ◆独占する人
長期の仕事を終えて、久々にナマエの家を訪れたら彼女が泣いていた。
別に今日行くとも言ってなかったし時間も深夜だし、寝てるだろうなくらいの軽い気持ちで訪ねたから、まさか泣いているとは思わなかった。
寝顔だけでも見ようかなと、寝室に忍び込めば、ベッドの中でこちらに背を向けて丸くなってて。
気配から起きてるのか、と気づいた時にはぐすっ、とすすり泣く音が聞こえてきた。
「なんで泣いてるのさ」
「…え!?えっ、イルミ!?」
オレが声をかけると、がばっと起き上がった彼女は、こちらを確認するなりまた布団へと逆戻り。
泣いてる顔を見られたくないのか。
馬鹿だね、そんなことどうだっていいのに。
そんなことよりもなぜ泣いてたかの方が気になるオレは、抵抗する彼女を多少強引に引きずり出した。
「やだ!やめてよ」
「オレは理由を聞いたんだけど」
「大したことじゃないって!
というか、なんでいるのよ!」
仕事じゃなかったの?というから、終わったと言った。
終わってすぐここに来た、とも言うと、ナマエは少し大人しくなった。
「怖い夢見たのよ、いいでしょ別に」
「夢で泣いたの?」
「お化けとかそんなんじゃないからね」
「じゃあ、どんな?」
いや、いい大人がお化けの夢で泣くなんて思いもしないけれど、泣くくらいの夢ってどんなだろう。
オレは怖い夢どころか、普通の夢ですら滅多に見ない。
見たとしても、起きた時にはあまり覚えていない。
ナマエはまた言いたくなさそうな顔をしたが、しつこく問うと渋々といった感じで口を開いた。
「イルミが……」
「え、オレなの?」
ちょっと待って失礼じゃない?
これでもオレとナマエは付き合ってから一年くらい経つ。
彼女には仕事の事も知られていて、オレがどういう人間かわかったうえでの関係なのに、今更泣くほど怖いってどういうことだ。聞き捨てならない。
別にまだ彼女を怖い目に合わせたり、監禁したりなんてしてないのに……。
しかしオレの反応に、だから言いたくなかったんだ、とナマエは眉をしかめた。
「夢の中で……イルミが知らない女の人とキスしてた」
「は?」
「最低」
「え?」
待って。怖い夢ってそっちなの?
ちょっと予想とは違った内容に驚いているところにいわれのない罵倒をされ、困惑を隠しきれない。
理不尽にも程がある。
ナマエは話しているうちにまた思い出したのか、親の仇でも見るような目でこちらを見てきた。
「イルミが、浮気してる夢」
「夢でしょ、現実のオレはしてない」
「でもしそうだよね」
「なに、ナマエってオレのことそんな風に思ってたわけ?」
思わずイラッとした雰囲気を醸し出せば、察した彼女は地味にベッドの上で座りなおす。
長期の仕事だったから不安になったのかな。
浮気された夢を見て泣くくらい好きなんだ、と考えればそれはそれで悪い気はしないけど、人間性を疑われてるのは頂けない。
だいたいオレのどこにそんなチャラチャラした要素があるのか、是非ともお聞かせ願おうと思った。
「だってさ…イルミ美人だしさ」
「美人…」
なんか微妙。そこはかっこいいとかじゃないんだ?
褒められてるのかよくわかんないし、男に使う表現なのかすら怪しい。
可愛いって言われるよりかはマシな気はするけど。
彼女がとても当たり前みたいに話すから、なんだかツッコむタイミングを見失ってしまった。
「それにね、性格は……あ、大丈夫か。この話はいいや」
「ちょっと、それどういう意味」
だが、こっちは流石に無視できない。
そりゃオレは興味無いからだけど愛想ないし、女に好かれるような性格ではないと思うけれど、曲がりなりにも彼氏に向かってその言い草は無いんじゃない?
オレが問い詰めると、ナマエはクールだよクール、となぜか半笑いで言った。むかつく。
先程まで泣いていた、しおらしいナマエはどこに行ったのか。
フォローするようにルックスはいいから、と言う彼女に全くフォローになってないことを教えてあげたい。
怒りを通り越して呆れてしまったオレは、深い深いため息をついた。
「それにね、この前テレビで見たの」
「何を?」
「束縛が激しい人ってね、実は自分自身の浮気願望が強いんだって」
彼女が言うには、自分自身に浮気願望があるからこそ、相手もするのではないかと疑って束縛するらしい。
オレとしては自分の仕事の忙しさもあって、まだそんなにナマエを束縛してるつもりはなかったんだけど、彼女はそんな風に感じていたのか。
まったく今日は新しい発見ばかりで驚かされる。
「オレ別に束縛してないよね?」
「えっ?」
「え?」
「だって、常にGPS付けられてるし、携帯見せろってよく言うし、じゃあなんなのこれ」
「何って、普通のことじゃない?」
そんなの別に束縛のうちに入らないと思うんだけど。
オレはただナマエのことが心配なだけだし、過保護って言われるのならまだしも束縛はね……。心外だな。
だけど彼女は納得していないようで、束縛だよと再度言った。
「浮気願望あるんだきっと」
「はぁ…根拠のないことで勝手に怒られても困るんだけど。
だいたい願望あったらナマエを束縛する前にするし」
「するんだ、最低」
「だから、あったらの場合だってば」
まったくもって話がかみ合わない。
っていうか、決めつけだこんなもの。
どこのテレビ局か知らないけど、ナマエに変なこと刷り込まないでよ、潰されたいの?
さっきは呆れてたけど、あまりに信用されてないようで今度はまた腹が立ってきた。
「ナマエはそんなにオレを疑ってるわけ?」
「疑ってるっていうか……」
「ふぅん、さっきの理論でいえば過度に疑うのも自分に浮気願望があるからじゃないの?願望っていうか、自分もやったから相手もやってるって決めつけなんじゃない?」
「ちがっ!私はやってないよ!」
目を大きく見開いて否定する彼女の表情に怪しいところはないが、この際仕返しだ。
オレは確かめないと、と言って彼女をそのままベッドへと押し倒す。
きゃ、と短く声をあげたナマエに構わず、久しぶりの彼女の香りに脈が早くなるのを感じた。
「ちょ、イルミ!」
「オレは入れたらわかるし、ナマエには溜まってたってわからせるし、二人同時に確かめられて一石二鳥だろ」
「そんなお得感いらない、や!待って」
「待たない」
散々酷いこと言われたんだから、
きっちりとわからせてあげなきゃ。
オレは彼女の首筋に唇を当て、強く吸う。
ちゅっ、とわざと音を立てて離せば、白い肌に真っ赤な花が咲いてとても綺麗だった。
「だいたいオレのは束縛じゃないよ、独占だよ」
「どう違うの」
「自由を奪うだけじゃ満足できない、全部オレの物にしたい」
そう耳元で囁けば、彼女はみるみるうちに真っ赤になった。
こうなったらもう、オレの勝ち。
明日は仕事を入れなくてよかったな、とイルミは彼女に見えないようにしてうっすらと微笑んだ─。
End
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