- ナノ -

■ プラトニック×プラトニック

※テーマ「依存」



好きだよ、というイルミの言葉を私は信じない。

けれども私はイルミが無駄な嘘をつかない人だということも知っている。
つまり、イルミの発する「好きだよ」と言う言葉は紛れもなく彼の本心で、彼の一挙一動どれを取ってもそこに偽りはないのだろう。

私だって、ある一枚の写真を見てしまうまでは彼の愛を信じていた。
もともと彼は明らかに私にだけ態度が違ったし、むしろ私を壊れ物のようにそれはそれは大事に扱ってくれた。顔に似合わず甘い言葉を吐いて、ぎゅっと抱きしめられることもあった。

「ナマエ、好きだよ。オレの目の前からいなくならないでね」

「イルミは心配性だね、大丈夫。どこにも行かないよ」

でも思えば色々とおかしいことがあったのだ。私はもっと早くにそれに気がつくべきだった。

まず彼は私に一目惚れをしたのだと言う。しかし自分で言うのもなんだが、私は一目惚れされるような抜きん出た容姿を持っているわけでも、彼が是非ともと気に入るような、素晴らしい才能を持っているわけでもない。

だから出会ってすぐのアプローチには正直驚いたし怖かった。彼が暗殺者という事実もだが、理由がわからないまま他人に岡惚れされるのもなんだか気味の悪い話である。もちろん私はイルミに私のどこが好きか、と尋ねたが、彼は決して具体的に挙げはしなかった。

「ナマエのこと好きなんだよ。それじゃダメなの?」

けれどもこてん、と首を傾げてそう問われてしまっては頷くしかない。そもそも一目惚れの時点で理由なんて聞くこと自体馬鹿げているのかもしれない、そう思った。

結局、最初は訝しんでいた私だったが、イルミの押しに負けて恋人になるに至る。不思議なもので好きだ好きだと言われると、私の方まで好きになってしまうみたいで、気がつくと私はイルミに負けないくらいイルミのことが好きになっていた。そうでなくても彼はとても魅力的だったから、好きになるのは時間の問題だっただろう。

ただ隣にいるだけで、私はそれはそれは幸せだったのだ。



「お前っ、な、なんで……!」

しかし、イルミと付き合ってしばらくして彼の家に呼ばれた時のこと。
イルミに仕事の連絡が入って席を外したタイミングで、銀色の髪の弟くんがたまたま部屋を訪ねてきたのだ。

「なんで、どうなってんだよ……」

私としては最愛の人の弟に会えたことが純粋に嬉しかった。前々から写真だって見せてもらっていたし、恋人として当たり前のように挨拶をしようとしたのだが、向こうはこちらを見るなりさっと顔色を変える。
確かにこの家に客人は珍しいしイルミが誰かを家に招くのは意外だったかもしれないが、それにしても弟くんの様子はおかしかった。

「お前、死んだんじゃ……」

彼は目を大きく見開き、ぱくぱくと口を動かす。
死んだ?どういう意味?
私が聞き返そうとしたその瞬間、ぱっ、と扉が開いてイルミが部屋に戻ってきた。

「イ、イル兄……これ、どういう……」

「キル、自分の部屋に行ってて」

「だけど、」「お前には関係ない」

私が怒ったイルミを見るのはその時が初めてで、彼から漏れだした殺気に思わず歯ががちがちと鳴る。弟くんの方もこれ以上は耐えられなかったみたいで逃げるように部屋を出ていった。

「ごめんねナマエ。びっくりした?ナマエを怖がらせるつもりはなかったんだよ」

「う、うん……いいの、でも、」「邪魔されたくなかったんだ。せっかくナマエと二人きりなんだしね」

聞きたいことは色々あったが、全てを遮ってイルミは隣に腰を下ろす。ぐい、と引き寄せられ腕の中に閉じ込められて、ようやく私の震えは治まった。

「大丈夫怖くないよ。そうだ、ナマエさ、ここで暮らしなよ。そしたらずっと二人きりだし」

「え、」

「だってナマエはオレのものでしょ。どこにも行かないって言ったじゃないか」

「……うん、そうね」

今思えばその言葉に満足しておけばよかったものを。


とにかくそれ以来、私はイルミの部屋で半ば軟禁のような生活を送ることになったのだが、彼の家族に出会うことはなかった。広い屋敷だから会わなくても不思議はないとはいえ、不気味なくらいに誰にも出会わない。きっとイルミがそう仕組んでいるのだと流石の私でも勘づいたけれど、あえてその事に関して追及はしなかった。

だがその代わり彼が仕事でいない間に、私は彼の部屋を物色した。これは相思相愛を信じていた頃には全くしなかった行動で、この時点で私は自分で自分の幸せを壊したのかもしれない。
そこで私が発見したものは机の引き出しの奥深くに仕舞われた写真立てだった。

「これは……」

白いシェルカメオで縁どられた豪華な写真立ての中で、眩しい笑顔をこちらに向けているのは私。けれどもこんな写真を撮った覚えはなかったし、よく見るとこれは私ではない。
私よりも少し幼い写真の中の彼女は、本人である自分でさえもどきりとするほど私にそっくりだった。

─好きだよ、オレの目の前からいなくならないでね

─お前、死んだんじゃ……

頭の中に声が響いて、私はもう一度まじまじと写真を見つめる。「……まさか」自分が発した声は情けないほど震えていて、それでもこれが真実なのだと直感的に悟っていた。

そして、私はしばらくその場に茫然と立ち尽くした後、何も見なかったことにして元通り写真立てを机の中にしまった。涙が頬を濡らしたがこれでいいのだと思った。



「ただいま、ナマエ」

「おかえりなさい」

その日いつものように明け方近くに帰宅したイルミは、私を抱きしめるなりベッドにごろんと身を預けた。たまに彼はこうして私を抱きしめて、何をするわけでもなくそのまま何時間でも寝転がっていることがある。
そしてそういう時は大抵、彼が疲れている時だった。

「どこにも行かないでねナマエ」

「大丈夫だよ」

「ナマエがいないとダメなんだよ」

「私はここにいるよ、ずっとね」

壊れたテープみたいに同じことを繰り返すイルミの白い頬を、私はそっと指先で撫でる。
『彼女』の本当の名前がなんなのかとか、『彼女』がどうして死んだのかとか、そんなことは聞いてはいけない。それを聞いてしまったらきっと今度こそイルミは本当に壊れてしまう。

イルミには『彼女』と瓜二つな私が必要で、私もイルミを愛してしまっているのだ。
もう私達はお互いなくしては生きていけないのだから、これで何もかも上手くいってるじゃないか。

「ナマエ、好きだよ」

目を瞑ったイルミは今、ちゃんと私を想ってくれているのだろうか。
死んでもなお、忘れられずに求められ続ける『彼女』が羨ましい。けれども現実にイルミの傍にいてあげられるのは私の方。

「私も好き」

たとえ誰かの代わりだとしても、私はイルミのことが好きだから……。

「ずっと一緒にいるよ」

いつの間にか心底惚れていたのは私のほうだったらしい。
それを聞くとイルミは満足そうに口元を緩め、私を抱く腕に力を込めた。

「よかった……」


好きだよ、というイルミの言葉を私は信じない。
それでも私達はただ隣にいるだけで、お互いを必要としているだけで幸せだった。


End

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