■ ◆トラブルメーカー
※企画テーマ「逃亡」
「…また、あんたなの…?」
ここまで重なるともう怒りよりも恐怖よりも脱力感しか感じない。
血すら流さず椅子に腰掛けたまま絶命している依頼主の姿と目の前の長髪の男を見比べて、私は誰に問うわけでもなく呟いた。
「や、また会ったね」
「一応聞くけど、わざと?」
「単に仕事だよ」
無表情のまま、一切悪びれることなく返事をしたのは、あの有名なゾルディック家の長男イルミだ。
本来ならば私なんかが知り合うことも、ましてや対等に口をきくことのないような存在だったが、縁あってこいつと顔を合わせるのは今日を入れて13回目。
すなわち、私は13回も依頼主を失ったことになる。
「なんで私の邪魔ばっかり」
「邪魔っていうかさ、ナマエが疫病神なんじゃない?」
「私にとっての疫病神はあんたよ」
いっつもいっつもトラブルばっかり起こしやがって…。
今日みたいにさくっと依頼主だけを殺してくれる日はまだマシなのだが、護衛が多い時なんかは彼は人に針を刺して兵隊のように使う。
数が多いから単純な命令しかできないのか、はたまた単に混乱を招きたいだけなのか、そういった兵隊達は見境なく攻撃してくるので、当然その度に逃げ回らねばならなかった。
「勘弁してよ…ほんと」
私は念が使えると言っても、全く持って戦闘の役には立たないほとんど一般人。
加えてこうも仕事の邪魔をされては、そろそろ生活費すらも危うかった。
「殺さないだけ感謝して欲しいな。こっちは顔を見られてるんだから」
「確かにあんたの似顔絵って描きやすそうだもんね。手配書ばらまいてやる」
「ふーん、やれるもんならやってみれば?」
どこか馬鹿にしたようにそう言った彼は、せいぜい職探し頑張ってね、とだけ言い残すと闇に消える。
そういや私もいつまでもこんなところにいたら疑われそう。
私の念は絶対破れない契約を作る能力で、マフィアの間の重要な取引に重宝されているのだ。またきっとすぐに仕事くらい見つかる。だから今回も諦めよう。
それにしても一体何回泣き寝入りすればあの男から解放されるのだろうか。
トラブルメーカーなんて可愛いものじゃない。あの男は疫病神だ、そうに決まってる。
※
「いい加減にしてよね…」
こっちがちょっと大人しくしてたらいい気になりやがって。
ようやく見つけた仕事に出向いてみれば、なんとそこには既にイルミの姿が。
ちょっと早めに到着して良かった。依頼主はまだ来ていない…というか死んでないみたい。
ホテルのロビーで感情のままに拳を握り締めた私を見て「はい、ストップ」イルミは両の手のひらをこちらに向けた。
「今日は仕事の邪魔しないよ」
「邪魔してるって自覚あったんだ?」
「今回のオレは珍しく護衛だから」
「へぇ、そんなのもやるんだゾルディック」
それなら大丈夫か、とホッとしたが、いやまだ油断はできない。
イルミが仕事先にいて今までろくなことがなかった。今回だって覚悟してていいくらいだろう。
私はじろり、と彼を頭の先から足の先まで警戒心むき出しで眺めた。「で、イルミはどっちの?」
「どっちのって何が?」
今はそこまで張り詰めた状況でないからか、こてん、と首を傾げたイルミの雰囲気はまだ柔らかい。
さらりとした黒髪が胸に垂れて、本当に女みたいだな、と思った。言ったら絶対に怒られるけど。
「護衛よ。契約を結ぶからには2つのマフィアがいるんだから、イルミはどっちの護衛かって聞いてるの」
「あー、そういうこと。残念ながらその二つのどっちでもないね」
「え?」どういうこと?それじゃ話が合わない。
決してイルミの真似をしたわけではないけれど、見えてこない話に私も思わず首を傾げた。するとイルミは呆れたようにため息をつく。
「…あのさ、自分の命が狙われてるって自覚ないの?」
「え?ええっ!?」
「今日オレは君の護衛にここにやって来たんだけど。ていうか、この仕事フェイクだよナマエは騙されてる」
「はぁ!?」
突如として告げられた衝撃の事実に、私の頭の中は真っ白になる。確かにマフィアとか怖い人達とお仕事することはあるけれど、何も命を狙われるほどでは…もしかして契約を破棄したくなった誰か?
でも術者の私が死ねば、その契約はより強固なものになるから意味がない。
もちろん署名してもらう前にきちんとその旨も説明してあるから、そんな馬鹿はいないだろう。
混乱する私をよそに、イルミは相変わらず涼しげな表情だった。
「ナマエが行く先々で死人が出るだろ?だから、原因は君じゃないかって」
「それで私狙われてるの!?イルミのせいじゃん!」
「だからこうして助けに来たんだろ」
早く行くよ、と彼は私の手をとって、そのままホテルから出ようとする。「ちょっと待ってよ、ねぇ」まだ私としては半信半疑だった。特に、あんなに邪魔しないでと頼み込んでも駄目だったイルミが、タダで私を助けてくれるなんて信じろという方が無理である。
「悪いと思ったから、助けてくれるの?」
「それもない訳じゃないけど、しっかり貰うものは貰うから」
「……やっぱり。私そんなお金持ってないよ」
ただでさえ仕事が上手くいかずお金に困ってるくらいなのだ。ゾルディックの料金設定がいかがなものか知らないが、今の私では到底払えないだろう。
ホテルからずるずると連れられるままに走っていたが、正直情報料だけで勘弁してもらって自分で逃げた方がいいと考え始めていた。
「大丈夫。お得意の契約でいいから」
「契約?それならお安い御用だけど、ゾルディックが何の?」
「結婚」
「へぇ、おめでとう。イルミ結婚するの?」
「うん、オレとナマエで」「は……?」
思わず立ち止まったら、ぐい、と引っ張られた腕が痛い。
無言で見つめあった5秒後。彼の口が実は前から好きだったんだよね、と動いたのを見た瞬間。
私は思い切り腕を振り払ってダッシュした。
「なんで逃げるのさ」不意をつかれたイルミは声をあげたが、それでも余裕があるのかすぐには追ってこない。
なんで、と問われても、そりゃ意味不明だし怖いし逃げて当たり前だ。
じゃあ13回も依頼主を殺されたのは全くの偶然じゃなくて、わざと仕事をブッキングさせてたってことか。トラブルメーカーらしく、まさしく自分でトラブルメイクしていたわけね。
いや、そもそもイルミが私のことをそんなふうに思っていたなんて…。
火照った頬を冷ますようにビル街の間を駆け抜ければ、いつの間に移動したのか頭上から声をかけられた。
「ま、せいぜい逃げなよ。10秒待ってあげるから。
マフィアとオレとどっちに捕まるのがいいか、よく考えてね」
「なっ…!」
考えるも何も、どっちに捕まったって大変なことに変わりない。
聞こえてきたカウントダウンに心臓がこれ以上ないくらいに早鐘を打った。
…でも。
息が切れて足がもつれてもう走れない、って思っても、不思議と絶望した気持ちにはならなかった。ただ、時間が経つにつれプロポーズされたのだと実感すると恥ずかしくて、今までなんともなかった彼のことを急に意識している自分に戸惑う。
イルミの言葉に真っ赤になってる自分なんて絶対見られたくなかった、それなのに。
「捕まえた」
一体どんな顔をすればいいんだろう。ぎゅ、と抱きしめられたのをいい事に、顔を見られないように俯いて隠した。
「契約、してくれる?」
「…その代わり、そっちこそちゃんと護衛してよね」
我ながら可愛げの無い返事だと思ったが、それを聞いて愛おしむようにイルミの抱擁がより強くなる。
けれども今度こそ掴まれた腕を、ナマエが振り払おうとすることはなかった。
End
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