- ナノ -

■ 毒よりこわい

※2019年 バレンタインネタ Twitterログ


 なにこれ怖い。
 私の第一声はそれで、ラッピングされた包みを再度突き付けられたあとの第二声もほぼ同じだった。早く受け取りなよ、と言わんばかりにぐいぐい押し付けられて、四角い箱の角がこちらの鳩尾に刺さっている状況もまことに理解しがたい。これはまさしく日常に潜む狂気――というか凶器だな、なんて勝手に思考のわき道に反れていくと、今度こそ彼はしびれを切らしたらしく、凶器は顔面へと押し付けられた。

「うっ!」
「なにって、バレンタインだよ。そんなことも知らないの? 世の中の事知らなさすぎじゃない?」
 
 こてん、と首を傾げたイルミは無表情で、今の言葉が嫌味なのか本気で驚いているのか相変わらず判断がつかなかった。だが、常識についてはこの人にだけは言われたくないし、これがゴンやキルアからのチョコレートなら私だってノータイムで理解して受け取っている。

「これがバレンタインのプレゼントだってのは、時期的に予想がつくよ。ただ、そういうことをやると思わなかったから……ヒソカの入れ知恵?」
「……」
「図星かぁ。でも、なんでこんなまどろっこしいことをするかな」

 毒殺なんて、天下のゾルディック家がやるにはあまりにもお粗末だ。せっかく便利で手軽な念能力というものがあるのに、わざわざ証拠が残り、“解毒剤”というレスキューアイテムのある毒殺という手段を選ぶのはあまりにも前時代的である。

「もしかして、私のこと試してる?」
「え?」

 この人は性格的に意味のないことはしない人だ。このチョコレートには必ず意味があって、たとえばそう――ヒソカに煽られたとか。

 “彼女がもし本当にキミのことが好きなら、毒入りだってわかってても喜んで食べるはずだよ。まぁ、流石に断られるだろうけどねぇ……クク……”

 ほんとに、あのピエロは毎度ろくでもないことしかしねーな。
 なるほど、と自己完結した私は、ため息をついて箱のラッピングを解いた。よく見るとどこにも会社名が書かれていないので、市販品ではないのだろう。メイド・イン・ゾルディック。確実に黒だ。ちなみに私は市販品でも妙なチョコを口にするのは嫌なので、添え付けられているチョコの説明書きは絶対に読む。それがないときは最も余計なものが混入する隙間の少なそうな、タブレット状のものを選ぶ。今回もそれを選んだ。まぁ、材料段階で毒を入れられていたら、今更形なんて関係ないのだけれど。

「はぁー、私にこれを、食べろって言うんだね?」

 摘まみ上げたチョコレートは、実に美しい出来だった。だからなのか、私がイカれているのか、これで死ぬのならそんなに悪くないかもしれないなんてことを考えてしまう。とはいえ私だって死にたがりではないから、当然のようにイルミが助けてくれることを期待している。これは単なる“試し行動”で、肝心なのは毒性の強さではない。私が食べるか食べないか・・・・・・・・・だ。

「うん、せっかくあげたんだし。なに? チョコ嫌いなの?」
「いや、好きだよ」

 ――チョコも、あなたも。

 えい、と口に放り込んだそれは、ちょっぴりほろ苦かった。たぶんそこまで酷いものじゃないとは信じたいけど、万が一後遺症とか残ったら笑えないな。その時は責任とってタダで殺してもらおう。
 私は口の中でチョコをゆっくり溶かしつつ、いつ効果が表れるのかとどきどきしていた。

「美味しい?」
「……」
「人がせっかくあげたんだからさ、何か言ったらどう?」
「……ねぇ、なにこれ」
「は? だからチョコだよ。今食べたでしょ」
「違う、毒の種類を聞いてる」
「毒?」
「……」

 私たちが互いに困惑して見つめあったとき、口の中のチョコレートはすっかり溶けて消え去っていた。手足がしびれるようなことも、呼吸が苦しくなるようなこともなく、ただ舌の上に甘さとほろ苦さだけが残っている。

「何言ってんの? お前、耐性ないでしょ。入れたら死ぬのに、入れるわけないよね」
「えっと……じゃあなに、これはその……普通のバレンタインのチョコレート……ということでいいのかな?」
「そうだよ。ヒソカがたまには優しくしてあげたら? なんて言うから」

 私はそれを聞いて、手に持った箱の中身に視線を落とした。流石にイルミのお手製ではないだろうが、この人がわざわざ執事に命令して既製品ではないチョコレートを用意したのだ。私が執事だったら、そんな命令をされた日には度肝を抜く。緊急会議だ。すぐに送り相手の素性を調べるだろう。つまり、いくらヒソカのお節介なアドバイスがあったとしても、イルミのこれはありえない行動で、普段の優しさのかけらもない彼を知っている私は――

「なにそれ、怖い」

 とりあえず、そう言うしかないのだった。
 きっと二つ目のチョコレートを口にする頃には、“甘さ”しか感じないのだろうけれど。


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