- ナノ -

■ 7.場違いな笑顔

男たちの後をつけるのは、そう難しいことではなかった。

なにせ相手は一般人。それに加えて油断もしている。男たちは迷うことなくどこかに向かっており、目的の場所に到着した今、私は今更ながら激しく後悔していた。

「ほんとにこれは、まずいかも……」

むき出しのがけの斜面に、ぽっかりと掘られた洞窟。とはいえきちんと灯りが灯っていて、ここにあるはずのない文明を感じさせる。入口には数人の見張りが立っていて、みな一様に手には武器を持っていた。

「異常はないか?」
「はい」

見張りと二、三言、言葉を交わすと、追っていた男たちは中へ入っていく。いくら武闘派ではないとはいえ、念を使える私に拳銃は脅威ではない。けれどもここで戦闘をして、無理に中に押し入るだけの価値があるだろうか。

私だって子供ではない。世の中には知らなくていいことが山ほどあるということはわかっている。もしこれが正義感で行動していたのなら無理もしただろうが、所詮は薄汚い好奇心。自分の身の安全には代えられない。
最終的にはだいたいパリストンがここにいるって確証もないんだし、と本末転倒なことまで考え出して、私はなかなか入口に近づけずにいた。

そしてやっぱり引き返そうと、もう十分頑張っただろうと、自分をなだめて踵を返した。その時だった。

「っ……!」

いつの間にか真後ろに立っていた人物に、声にならない悲鳴を上げる。向こうも向こうで、声をあげさせないために手で口を塞いできたが、そんなことをされなくても怖すぎて声が出なかった。

「落ち着いてください、僕ですよ」

背中を思い切り後ろに木にぶつけたが、今はそんなことに構っていられない。暗闇の中から突然現れたパリストンに、私は心臓が止まるかと思った。

「な……なんで」

「トレイアさんったら、急に振り向くんですもん。僕もびっくりしましたよ」

「そうじゃなくて…というか、どこ行ってたんですか!」

「しーっ、お静かに」

安堵から思わず声が大きくなってしまい、またもや無理矢理口を押えられる。逃げ場もなく半ば木に押し付けられる形になって、パリストンの顔がすぐ目の前にあった。「っ…!」そして今更になってこの状況がとんでもなく恥ずかしいものだと気が付いて、身体がかあっと熱くなった。

「は、離してください」

「おやおや?なんだか顔が赤いようですが」

「嘘つき。この暗いのに、見えるわけ……」「否定はしないんですね」

こんなにすぐ近くに銃を持った危険な人達がいるのに、なんだか緩い雰囲気だ。くすくすと笑ったパリストンにまた羞恥の感情がこみ上げるが、怒る前に彼には色々と聞きたいことがあった。

「探したんですよ」

「いやぁ、すみません。ちょっと散歩に出かけたつもりがこの暗さで迷ってしまって」

「今更そんな言い訳が通用すると思うんですか?なんなんです、あの洞窟は」

「さぁ、そんなこと僕に聞かれても……。気になるならご自分で探索されてはどうです?」

「な……」

彼の言葉に私は黙り込むしかなかった。先ほど、まさにそれを諦めたばかりだからである。しかしパリストンはとぼけているだけで、絶対にここに何があるのか知っているだろうと思った。あとは私に、それを確かめるだけの勇気があれば。

「自分の目で物事を見るのは大事ですからねぇ。僕も散歩してみて、改めてここがいい土地だとわかりましたよ」

「……いい土地ですかね?あんな銃持った人がいる、とんでもないところですよ」

「そうですね。じゃあトレイアさんはこのこと、報告しますか?」

にっこりと笑った彼は、本当にいつもの彼だった。人の嫌がることをするのがおかしくておかしくてたまらないといった、ある意味純粋すぎるまでの微笑み。けれども私はぞくりと背筋が粟立つのを感じて、ぎこちなく首を横に振った。

「……自然保護を謳うNGLで銃火器を目にしたのは意外でしたが、別に他の国では珍しくもなんともない。所持自体は、法に触れる行為でもないですから」

「ほう、では万一あの奥に法に触れるものがあったとしたら?」

「私には、関係のないことです……」

最後の方は声が震えた。目の前の彼はずっとにこにこしたままだったが、場違いな笑顔はそれだけでも恐怖を煽る。
彼の嫌がる顔が見てみたいだって?私はなんて馬鹿なことを考えていたのだろう。もしパリストンにそんな表情をさせられた時には、私はもう生きていないのではないか。

「そうですか」

私の答えを聞いたパリストンは短くそう呟いた。

「だったら、帰りましょう。僕も疲れました、早くお風呂に入ってゆっくりしたいですね」

「……」

怪しげな洞窟を背に、村のある方角へと歩いていくパリストン。
その背中を追いかけていいものか、私は一瞬迷ったが、やがて黙って彼の後ろに続いた。

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