- ナノ -

■ 6.企みの影

「一体、どこに行ったのよ……」

ただでさえ暗い夜道は危険なのに、舗装されていない山道は本当に歩きにくい。一応常人よりかは夜目が効くし、円を使ってある程度は周りの様子がうかがえるとしても、基本的に私はインドア派なのだ。そうでなくても今日は慣れない乗馬やら、何かと不便な生活を強いられて疲労困憊だっていうのに、どうしてこんな夜遅くにあの男を探さねばならないのか。

「確かに、頼まれたわけではないけどさぁ…」

呟いて、それから思わずくしゅん、とくしゃみをする。お風呂に入ったのはいいが、もちろんドライヤーもないためきちんと乾かせていないのだ。湯冷めしてくるのと同時に好奇心までもがどんどん冷めていって、次第に帰りたい気持ちが強くなる。

やっぱり引き返そうか。
そう考えて足を止めた瞬間、どこからともなく聞こえてきた話し声に私は反射的に絶を行った。


「そういやハンター協会の人間が来てるんだろ?大丈夫なのか?」
「あーそれがなんか監視の目をくぐって逃げたとか」
「はぁ?やべぇじゃねーか」

小さなささやき声ではあるものの、相手は男が二人。気配だけでなく足音までもが聞こえるくらい近づいてきて、胸の鼓動が激しくなる。会話から村人ではないことがわかった私は、思わず近くの草むらに隠れた。相手が何者であろうと、本能的に見つかったら大変なことになると思ったのである。

そしてその後近くを通った男たちが手にしているライフル銃を目の当たりにして、いよいよ自分の判断は正しかったのだと震えあがった。

「だいたいなんで領事館にこねーんだよ。あれ、そのためだけの施設だろ」
「お前知らねーの?今回は例の副会長が来てんだよ」
「マジか、なんでわざわざ」
「さぁな、ジャイロさんにでも用があったんじゃね?」
「ふーん」

男たちは物騒な物を抱えている割に、非常に呑気に会話をしながら通り過ぎていく。見た感じ念能力者にも見えないし、どうやらこちらには全く気が付いていないらしい。
しかしその会話の内容はまさしく私が今探している人物のことで、全く無関係というわけではなさそうだった。

私は男たちが完全に通り過ぎるまで息を潜めていたが、その気配が遠ざかったのを確認して絶をとく。そしてまたもやふつふつと沸いてきた好奇心に負けて、彼らの後をこっそり追うことにしたのだ。

ちなみに言うと『ジャイロ』という名前の人物には心当たりがなかった。が、パリストンが接触する人間ならそれなりに地位も高いはず。しかもさっきの男たちはここに持ち込めないはずのライフル銃を持っていた。あれが噂に聞くNGLの裏の顔なのかもしれない。
自分でも相当危険なことに首を突っ込もうとしている自覚はあったが、ここまで来て今更やめられなかった。どうしてもあの男の、パリストンの秘密を知りたい。

我ながらなかなかハンターらしい考え方だ、と思って、無意識のうちに口角が上がっていた。もしこの先何か見てはいけない物を見てしまったとして、その時自分はどうするのだろう。
私はあの掴みどころのない彼を一度でいいから掴んでみたかった。





「……あんた、一体何者なんだ?」

後ろから怖々といった感じでぶつけられた質問に、パリストンは振り返っていつもの笑顔を向けた。決して敵意を込めたわけではなかったが、見張りにつけられた男はそれだけでびくりと肩を跳ねさせる。手に持った拳銃は紛れもなく本物だったが、怯えた人間がもつとただの金属の玩具にしか見えなかった。

「やだなぁ、僕ってそんなに知名度低いんですか?これでも一応ハンター協会の副会長をさせていただいてるんですよ」

そう言って余裕たっぷりに笑ってみせると、男の顔はみるみる赤くなる。ここはNGLの山奥深くにある、麻薬工場。目的を果たすのはまだまだ先の話だが、とりあえず『視察』は終わった。だからパリストンは拳銃を突きつけられていてもすっかり愉快な気分で、チンピラのように息まく男をじっと眺めていた。

「んな、馬鹿にしてんのかよ!そんなことわかってんだ。
俺が聞きたいのはなんで協会の奴がこの有様を見て平然としてるのかってことだよ」

「この有様とは?ここはあなた達のボスが作った国でしょう。外野の僕はとやかく言える立場にありませんよ」

「そ、それはそうだけどよ……ハンターがそんなんでいいのかよ」

「勘違いしないで下さいよ、ハンターは警察でも、正義の味方でもない。そもそも何が正義で何が悪かなんて初めから曖昧なことなんです。むしろ僕からしてみれば、頑なに悪意に拘るあなた達の方が正義を意識してるように見えますよ」

「……う、ううん」

男はパリストンの言葉に、中途半端に首をひねって小さく唸った。おそらく今言ったことの半分も伝わっていないのだろう。だがもともとこれは上機嫌なパリストンの一人語りのようなものであって、相手が理解しようが、もっといえば聞いていようがいまいがどっちだっていいのである。だが、話は分かっていないもののそういう人間の方が感覚的に優れているのか、意外にも核心をついたことを口にした。

「……ま、確かに、あんたはジャイロさんと違って『憎悪』って感情はなさそうだな」

「もちろんありませんよ。僕は彼と違ってこの世界が『大好き』ですからね」

「……」

とびきりの笑顔で笑って見せれば、男は今度は青ざめた。こればっかりは本心なのに、本心の方が恐怖を与えてしまうなんてどうかしている。

結局、そこから工場の出口に着くまで、男は二度と話かけては来なかった。

「それではお見送りありがとうございました。ここからは自分で戻れますのでね」

別れの挨拶のために再度振り返れば、向けられていた銃口はとっくに下を向いている。パリストンに対して、いや、これからの世界にそんな鉄くずは何の役にも立たないのだと、ようやく彼も理解したみたいだった。



「おやおや結構時間がかかりましたねぇ。トレイアさんに怒られちゃうなぁ」

工場を出たパリストンは空を仰ぎ見て月の位置を確認する。夜の中に響いたその呟きは、酷く呑気なものだった。


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