■ 5.行動原理
「急なことで、何もお構いできませんが……」
「いやぁ、いいですねぇ、緑豊かで!マイナスイオンかな?空気もキレイ、夜も静かで都会の喧騒を忘れられますねぇ」
パリストンの胡散臭さは、大部分がこの大げさなリアクションに起因するのだと私は思っている。しかし今回ばかりは彼が表現した通り、本当に緑豊かなところで緑豊かとしか形容しようがなかった。つまり、他に何もないのである。
それもそんじょそこらの田舎の生活ではなく、まるで昔話にでも出てきそうな暮らしぶりだった。
「本当にねぇ、食事もお口に合いましたかどうか……こんな偉い方が来てくださることなんて、今までありゃしないもんですから……」
「いえいえ、僕たちは皆様のいつもどおりの生活に混ぜて頂きたいんです!そうすることでこそ、見えてくるものが必ずあるんですよ。ねぇ、トレイアさん」
「そーですね」
「はぁ、そう言ってくださるとこちらとしても安心なんですが……」
結局パリストンは領事館に一度も寄ることなく、民泊という形でNGLの夜を過ごすことになったので、今こうして喋っているのは本当にこの地で過ごしている普通の国民。NGLの人々、つまりはここが自然を大事にする国だと信じ込まされている人々は本当に善良な人達なようだ。今まで勝手な偏見でネオグリーンライフをずっと怪しげな宗教団体のように思っていたけれど、確かにここに来て見方が変わった。突然現れたよそ者である私たちを、嫌がることなく精一杯もてなそうとしてくれている。
だがそのことを改めて彼に言われるとなんだか気に入らなくて、私は適当な返事を返すとそっぽを向いた。
「そしたらちょっと外に出てもらわないといけないんですけど、お風呂の方は沸いてますのでね、順番にお入りください」
「じゃあトレイアさん、お先にどうぞ」
「……まぁ、それならありがたく」
「僕はもう少しのんびりしてるので、ゆっくりしてきてくださいねー」
ひらひらと手を振るパリストンに素直に頷くのは癪だった。なんでだろう。むしろ一番風呂を譲ってもらったのに、それが逆にこうモヤモヤする。協会にいるときは自分から接触していたし喧嘩をふっかけていたけれど、やはり一日ずっと顔を合わせているのは疲れるみたいだ。
もうさっさとお風呂に入って寝てしまおう。どうせテレビもないし、会話もしたくないから特にすることが無い。彼は本当にこんな何もないところに来てどうするつもりなんだろう。
せっかく一人になってもまたもや彼のことを考えている自分に気が付いて、どうしようもなく腹が立った。
※
「お先でした」
ぶすっとしながら部屋の戸を開けると、そこにパリストンの姿はなかった。あれ?と思って部屋の中を見渡すが、数少ない荷物などはそのまま置いてある。家の人に彼の行方を尋ねてみたが、彼らもまた知らないみたいで首を傾げただけだった。
「散歩にでも行かれたんでしょうか……お一人での行動は避けてくださるように言っておいたんですがね」
「すみません、ちょっと外を見てきます」
「いえいえあなたに行かれても困りますよ」
「ほんのちょっとですから。すぐ戻ります」
慌てたような表情で引き留められたが、所詮はただの一般人。ハンターである私が少し走れば、追いつけるはずもない。別にこのままここでパリストンが帰ってくるのを待ってもよかったのだが、なんだか嫌な予感がしたのだ。協会内でも彼は何やら裏と繋がりがあるという噂がまことしやかに囁かれていたし、もしかすると密会か何かの尻尾を掴めるかもしれない。
「弱味を握れるかも……」
しかし悲しいかな、私の行動原理は正義感などではなく、歪んだ興味と好奇心しかなかった。あんな男が副会長になれるくらいなのだから、まぁ他のハンターもこの程度なのである。
街灯ひとつない外は本当に真っ暗だったが、私は臆することなく闇の中に駆け出して行った。
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