■ 4.迷惑な忠告
NGLに入るための入国審査は、今まで訪れたどの国よりも厳重で面倒だった。
身体検査、持ち物検査に始まり、もしあれば体の医療、治療器具まで軒並みチェックされる。金属のみならず石油製品も駄目だから、天然繊維でできた簡素な服にまで着替えさせられ、これじゃ本当にどこかの民族になった気分だ。
流石にここでは男女に分けられたため、パリストンがこの検閲を面倒に感じているかどうかはわからなかったが、それにしてもいい加減疲れる。
「問題ないようです、お通りください」
「……どうも」
結局、3時間以上かけて私はようやくNGLへの領土内へと踏み入れることができたのだった。
「いやぁ、遅かったですねぇトレイアさん!てっきり強制送還でもされたのかと思いましたよ」
「あらあら副会長様となると顔パスでしょうか?とってもお早いですね」
「まさか。僕もきっちり調べられましたよ」
疲れましたねぇ、なんて言うその表情には、疲労の色などみじんもなく。
色々と怪しい噂の絶えないこの男は裏でNGLのボスと繋がっているとも聞くから、もしかすると本当に顔パスなのかもしれない。一応服は着替えさせられているようだったが、いつもスーツ姿を見慣れているだけに違和感がすごかった。
「いやはや、さすがのトレイアさんもお疲れのようですねぇ。
大丈夫ですか?これから色々と視察に向かうんですよ」
「はぁ…まぁ頑張ります」
とにかく監視付きながらも無事に二人は入国できたわけだったが、移動は馬だし町ですらなく村だし、都会育ちの私はパリストンに嫌がらせする余裕もなく閉口していた。
文明を手放したからって必ずしも幸せとは限らないのに。
ただ単に満足の基準を下げて、それで幸せだと思い込むのは向上心に欠けているとさえ思った。
「確かほとんどお飾り状態の大使館がありましたよね。まずはそこですか?」
「いいえ、今回の目的は現地調査ですからね。お話することは特にありません」
「は?では、ネオグリーンライフの方々との接触は行わないんですか?」
「やだなぁ、トレイアさん。NGLの人口の99%は団体員ですよ」
小馬鹿にしたように笑う彼は、ねーと監視役の少年に微笑みかける。無視されていたのがいい気味だったが、私はますます目的がわからなくなっていた。
もちろん、パリストンが言うようにNGLと言うのはネオグリーンライフという自然を愛する団体によって作られた国であり、ここの構成員にはその団体に属するものとボランティアしかいない。
けれどもただの観光ではなくハンター協会を代表しての視察と言うからには、その団体の中でも上層部にいる者と接触すべきではないのだろうか。
「…後で怒られても知りませんよ」
「大丈夫ですよ!これも立派な仕事ですから」
帰りたい……。
思わず本音がこぼれそうになったが、そんなことを言えばますます奴を喜ばせるだけだと思って我慢する。他人をおちょくるのは好きだが、おちょくられるのは嫌いだ。しかし露骨に機嫌を悪くしようものなら、またそれはそれでパリストンが面白がるだろう。
おやおやトレイアさん?口数が減りましたが、お疲れですか?デスクワークばかりで現地に慣れていないのはお互い様ですもんねぇ。いやぁ、僕も明日は筋肉痛になっちゃいそうだなァ。
腹の立つことに、だいたい彼の言いそうなことは予想がつく。ちなみに脳内でフルボイスつき。これはもしかして彼の仕業ではないかと思うくらい、実際に言われたわけではないのに腹が立つ。
「おや、トレイアさん?そんな怖い顔をしてどうしたんです?一瞬、新種の凶悪生物かと思いましたよ」
脳内だけでも十分なのに、わざわざパリストンは馬を横に並べるとこちらを覗き込むようにして話しかけてきた。
「…副会長ってもしかして操作系ですか?」
どうやら脳内再生のせいで思わず眉間にしわが寄っていたみたいだが、彼の煽りも意に介さず質問をぶつける。するとこれは流石に意外だったみたいで、パリストンはん?と首を傾げた。
「僕の系統は秘密ですよ、気になります?」
「いいえ。ただ脳内で憎たらしい副会長の声が聞こえました、今後こういうことはやめてください不快です」
「なるほど、そういうことですか……」何がなるほどなのかわからないが、彼は手を顎にやって考え込むような仕草をする。それからまたあのうさん臭い笑みを浮かべると、諭すような口調になった。
「それはですねトレイアさん、おそらく恋というものですよ」
「へぇ…私があなたに惚れていると?」
「何も恥ずかしがる必要は、あっ、ちょっと、危ないじゃないですか」
落馬させるつもりで彼の横腹あたりを狙って拳を繰り出したが、彼はひょいとそれをかわす。危ないじゃないですか、と言った割に余裕な表情でそれもまた腹立たしい。私は手綱をしっかり握ると、パリストンを置き去りにするように馬を急がせた。
「恋には危険がつきものですから」
「ははぁ、これは参りましたね。せいぜいトレイアさんの恋路を邪魔して馬に蹴られないようにしなくっちゃあ」
「どうぞ蹴られてください」
「応援してますよトレイアさんの恋」
くくく、と笑った彼は一体どこまで本気なのか。いやそもそもこれは恋なんかではない。せいぜい友達か、私が勝手に嫌われ者のライバルのように思っているだけである。
「恋ですよ、トレイアさん」
「洗脳やめてください、やっぱり操作系ですか?」
「酷いなァ、これはただのアドバイスなのに」
素直になったほうが楽ですよ、なんて後ろから声をかけられたけれど、私は絶対に振り向かないと決めていた。
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