■ 2.机上の空論
昼食を終えた後は、何事もなかったかのように仕事に戻った。
私が嫌われ者でも彼と違う点は、仕事だけはきっちりとするというところだ。あの会長に直々に指名され、副会長と言うポストについている彼は多少さぼっていたって誰にも辞めさせられないが、こちとらそういうわけにもいかないのである。
だが勤務中だからといって彼と接触…いや、彼に嫌がらせする機会がないわけではない。唯一自分からパリストンに話しかける私には、彼へ書類を渡したり、不本意ながらコーヒーを入れたりする役割が回ってきやすかったのだ。
「失礼します。今度の十二支ん定例会についての資料をお持ちしました」
「ありがとう、トレイアさんは相変わらずお仕事熱心ですね〜」
部屋に入ると豪華な椅子に腰かけただけで特に何もしていない彼。目が合うと、パッと顔を輝かせたが別段こちらは嬉しくとも何ともない。とりあえず渡すべき資料は渡して、こちらも笑顔を作った。
「熱心にならざるを得ないんですよ。私も副会長みたいに置物になりたいです」
「いやいや、あなたほどの優秀な人材を置いておくだけでは勿体ない!
ふむ…来週なんて急な会合ですね」
「定例会ですから急もなにもありませんよ」
「いや僕はね、こんな会合意味がないと思うんです。いくら上の人間たちが話し合ったところでそんなものは机上の空論ですよ、ちゃんと現場に出向かなきゃ」
「ははぁなるほど、今なさってるのがまさにその机上の空論ですね」
失礼します、と軽く頭を下げて部屋を出る。パリストンは副会長と言う役職ながら十二支んの会合にでるのはあまり好きではないらしかった。もう一人のサボリ魔であるジンなら世界中を駆け回っていて忙しいのだろうが、パリストンはちょっとエレベーターで移動するだけなのに。
しかし普段ならこれで終わりのはずの会話も、彼が部屋から出て私を追ってきたことで終わらなかった。「トレイアさん」迷惑なくらい大きな声で名前を呼ぶから、嫌でも周りの視線が集中する。
「だったら今度のバルサ諸島への視察、一緒に行ってくれません?」
「…は?」
呆気にとられたのは何も私だけではない。
副会長であるパリストンが自ら視察に出る?そしてそのお供によりにもよってこの私を連れていく?
机上の空論だと言ったからだろうか、なんにしてもこの公開処刑は相当な嫌がらせだ。相手もなかなかやってくれる。
しかしここで嫌、というのは負けを認めるみたいで悔しかった。
「構いませんよ、副会長だけだとどこで何をしているかわかったものではありませんし」
「いやぁ、トレイアさんならそう言ってくれると思ってました!
では来週の予定を空けておいて…まぁ、トレイアさんならいつでもお暇ですよね」
「ちょっと待ってください、来週ですか?」
「善は急げですよ、トレイアさん!」
「いや、そうじゃなくて…」もしかして会合を欠席するために理由が欲しかったのか?
パリストンのこの発言にはそれまで傍観していたビーンズも流石に黙ってはいられなかったらしい。「ダメですよ!その日は会合に出席してもらわないと!」会長もなかなか自由人であるし、彼は本当に苦労ばかりだろうなぁ。
「いや、トレイアさんに気付かされたんですよ。話し合いでは何も良くなりません、そんな時間があるなら自分の目で考え、自分で判断してこそのハンターですから!」
「そうかもしれませんが、困ります」
尚も食い下がるビーンズだったが、どうせ結果は目に見えている。
それにしてもバルサ諸島と言えば、あの東ゴルドー共和国やNGL自治区のミテネ連邦が存在するところ。
あまりバカンス気分で行けるような場所ではないので、パリストンにしては意外だった。
私は揉める二人を放っておいて自分の席へと戻る。「私に何か?コーヒーでしたらいれさせていただきますよ?そんなに喋っていたら喉も乾くでしょう」ひそひそと囁きあいながらこちらを見る同僚たちにとびきりの笑顔を向けてやると彼らは気まずそうに押し黙った。
「あ、コーヒーなら僕もよろしくお願いします」
「ちょっと副会長!まだお話は終わってませんよ」
えっと、さっきどこまで進んでたんだっけ。
私は何も聞こえなかったフリをして、カタカタとキーボードを打ち鳴らした。
[
prev /
next ]