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■ 1.食の好み

ハンター協会には嫌われ者がいる。いつも人をおちょくったような態度でそのくせずる賢くて、抜け目なくて嘘つきで胡散臭い置物副会長。人の嫌がる仕事は率先してやらないくせに、人が嫌がることは嬉々として行う根性の腐った野郎だ。
しかもただ単に鬱陶しいだけならまだしも、彼は後ろ暗い噂も絶えない。仲介料のピンハネから協会員の失踪など、ここまで来たら彼の人柄を抜きにしたって誰も関わりたくないだろう。

だが、ハンター協会における嫌われ者は何も彼だけではない。

「おやおやトレイアさん、どうされました?」

形式だけのノックを済まし、副会長室へと足を進める。どうせ部屋の一部はガラス張りになっていて、私たちヒラ協会員の仕事ぶりを観察できるようになっているのだ。だから私が自らの席を立ちここへ向かっていることも、何のためにここにやってきたかもこの男はわかっている。
わかったうえでこの胡散臭い笑みを浮かべているのだ。

「そろそろお昼の時間ですので」

「それはお誘いかな?」

「何言ってるんですか副会長、ランチに行くのに財布を持っていくのは当たり前ですよ」

そう言って目の前の男に負けず劣らずの笑みを浮かべてやると、彼はますます笑みを濃くした。自分で言うのもなんだが傍目にはだいぶ恐ろしい光景だろう。なにせハンター協会きっての嫌われ者二人が、ニヤニヤと笑いながら向かい合っているのだから。

「いいでしょう、ご友人がいらっしゃらないトレイアさんを一人にはしておくのは心が痛みます。僕でよければお付き合いいたしますよ」

「ありがとうございます。副会長が私腹を肥やしていると聞いていたので、少しでもダイエットになればと」

お互い笑顔のまま、軽いジャブをかまして部屋を出る。二人で廊下を歩くと皆気味の悪いものでも見るように離れていった。私たちはこんなにも笑顔で談笑しているのに失礼な話だ。

「いやぁ流石トレイアさんですね〜、廊下がとても歩きやすいですよ」

「副会長は歩くだけでいつも苦労なさってたんですね、その分だとお天道様の下を歩くことさえお辛いでしょう?」

「嫌だなァ、さっきから。一体僕が何をしたって言うんです?」

「副会長としてのお仕事は何もなさっていませんわね」

お昼は何を奢らせようかな、と思いながらそう言ってやると、彼は嘘くさいまでに悲しそうな表情になった。「本当に重要な仕事に限って、あまり目立たなかったりしますからね」絶対嘘なので問題ない。

「目立たないように裏工作されているからでは?」

タイミングよくやってきたエレベーターに乗ろうとすると、先に待っていた人がぎょっとした表情で乗るのをやめた。狭い空間内に二人きりになったが、私の頭の中はステーキか寿司かでいっぱいだった。

「裏工作だなんて「そうだ、この近くに美味しい高級お寿司屋さんがあるんですよ」

すばやく1階のボタンを押し、パリストンの言葉を遮る。彼は一瞬止まった後、そうですか〜とニコニコした。

「副会長とじゃないといけないようなところです」

「トレイアさんなら他の男性と…おっとこれは野暮でしたね。そもそも行く相手がいらっしゃらないからこうして僕が付き合ってるんでした。
いやはや、忘れっぽくてすいません」

「構いませんよ、お代を払うのさえ忘れなければ問題ありません」

「あれ〜、誘ったのトレイアさんですよね」

「そうでしたか?すいません、忘れっぽくって」

下らないやり取りをしている間にも、エレベーターは1階へと到着する。
私が皆に嫌われているのはこのうざったい性格と口の悪さのせいだった。相手がパリストンだからこそどっちもどっちで済まされるが、普通の人にもこんな態度をとっていたのでは好かれるはずもない。

「そうだ、どうせなら寿司はやめてステーキにしません?僕、先日食べたばっかりなんですよねぇ」


エントランスの自動ドアを抜けるなり、パリストンはそう提案をした。「あら奇遇ですね」つい先ほどまで自分も似たようなことを考えていたので少しびっくりする。
どうやら私達は性格も思考もよく似ているらしい。ちなみに私が皆に嫌われたままでいるのも、こうやってパリストンにうざ絡みするのも、ひとえにその方が面白いからだった。

「ちょうど私も寿司かステーキで迷ってたんです。じゃあ寿司にしましょうね」

「あれ、トレイアさん僕の話聞いてました?」

「すいません、副会長の声って耳障りで」

「まったく酷い人だなぁ」

相変わらずどんなことを言われても笑みを崩さないけれど、この男は私のことをどう思っているのだろう。
私はなんとかして人の嫌がる顔が好きなこの男の、嫌がる顔が見たいのに。


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