- ナノ -

■ 6.読めない人

「恋人なら恋人と、初めから仰ってくださったらよかったのに!!!
私ったら恥ずかしいですわおほほほ!!!」

「は、はぁ…………」

「ママ、そいつずっと言ってたぜ………」

場は一転してお祝いムード。
ゆっくりしてくださいね!!とお茶会が始まりそうになって困惑していたら、ふいにイルミにぐいと腕を掴まれる。

そのまま彼は二人で話があるから、と家族に向かって告げると、私の手を引いたまますごい勢いで廊下を歩いた。

「まあまあ!イルミったら、恥ずかしいのねぇ!!もうちょっと私にも紹介してくれたらいいのに!」

「まじかよ……あの女、ホントにイル兄の彼女だったのかよ………」


彼の家族の反応から察するに、この人はそんなに色恋沙汰には興味のない人なのだろう。
正直、見た目から十分そんな感じはするが、あの母親の喜びようは怖いくらいだ。

他にどうしようもなかったとはいえ、アニスは咄嗟についた恋人という嘘がかなりまずかったのではないかと心配になり始めていた。

「あ、あの」

「とりあえず、部屋に戻るから」

「なんかごめん…なさい」

「……………」

それにしても、まさか彼が肯定してくれるとまでは思わなかった。
ただ、正直に話したり依頼主だというのでは殺されると思って適当に言っただけで、イルミが来た時にちゃんと関係を説明してくれたらそれでよかったのだ。

彼は怒っているのだろうか。
掴まれた腕が痛い。

またもや長い長い廊下を歩きながら、
アニスはただ帰りたかっただけなのに、と呟いてみる。
耳のいい彼にはきっと聞こえたに違いなかったが、彼はそれに対して何も返事を返さなかった。



部屋に入るなり、バタンと大きな音を立てて扉が閉められる。
盛大にため息をついてソファに腰掛けた彼を見て、今更ながら彼のことが怖くなってきた。

「なんでまだいたの」

「えっと……帰りたかったんだけど迷子になっちゃって」

今年成人するっていうのに、この歳になって迷子なんてかなり恥ずかしい。
だが決してアニスが悪いのではない。この無駄に広すぎて無駄に仕掛けの多い屋敷が悪いのだ。
普通のルートは諦めて窓から庭に出ようとして、危うく串刺しになりかけたアニスが言うのだから間違いない。

イルミは自分で聞いたくせに、そう、とだけ返事を返すと、それきり何か考えているのか黙り込んでしまった。

「あの…どうして助けてくれたの?恋人だって、嘘までついて………」

あのニヤニヤした兄の友達とは思えぬほど、一切感情の読めない無表情。
暗殺なんて仕事をやってるけれど、実はそう悪い人でもないのか。
アニスは少しだけ期待して、それから次に発せられた彼の言葉に、柄にも無く落胆した。

「ヒソカのお気に入りらしいからね。助けて、恩を売っておくのも悪くないだろ」

「……」

「恋人だって言ったのは、お前が嘘をついたとなると母さんがまたうるさいし、オレもお見合いよけになって都合がいいから」

腹が立つくらいすらりと長い脚を組み替えて、目の前の男はしれっと言い放つ。
特に異論はない。彼の言っていることはとても合理的で、なおかつ打算的だ。

けれども兄の名前が出たせいか、面白くない気分になったのも確かだった。

「あの男のお気に入りなんて嫌。もう関わりたくもないのに」

「でもそのお陰で命拾いしたんだから、少しは感謝したら?
あ、そうそう。お前、ヒソカに念をかけただろ」

ポン、と思い出したかのように手を打って、彼はこちらを見る。
とはいえまだ警戒は解いていないのか、完全に視線がかち合うことはなかった。

「かけたよ」

「ふーん、あれってどのくらいで解ける?」

「モノにもよるけど…あのくらいなら明日には」

「わかった、明日ね」

やっぱり、念をかけていたことはバレてしまったか。となると、私が操作系だってことも彼ならお見通しだろう。
記憶があやふやではあるが彼も拷問の時に針を使っていたと思うし、お互い同系統かもしれない。
戦うつもりなんてないし勝ち目なんてないけど、相性はよくなさそうだな、と思った。

「で、お前さ、ここまで来たのはいいけどどうするの?」

「え」

「え、じゃないだろ?迷子だっけ?」

「あ、うん……そう」

お恥ずかしながら、あなたのおうちが広すぎて迷子なの。
というか、広すぎるだけならまだしも、そこかしこにトラップがあって帰れない。
アニスは念には自信があるものの、戦闘向きではないし、運動能力に関してはとりわけ優れているというわけでもなかった。

「オレ、シャワー浴びたいんだけど」

「は!?」

「一人で帰れないんでしょ?でもオレもう寝たいし明日ならまた仕事で出るから」

突然イルミがシャワーとか言うから、かなり焦った。初対面で何を考えてるんだこの人は!?なんて思ったけれど、むしろ変なことを考えていたのは私の方で。
顔が紅くなってないか心配だったけれど、今の私に確かめる術はなかった。

「そ、それって外まで案内してくれるってこと?」

「明日ね」

「え、あ、えっとじゃあ今日は…」

「泊まれば?その辺に」

「と、と、泊まる……?」

とはいえ、もう深夜を過ぎて明け方に近くなってきているが。
彼の方はしれっと言うけれど、私は妙に意識してしまって落ち着かない気分になる。
自分一人で帰れないのだから他に選択肢がないのだ、と自分に言い聞かせてこくりと頷いた。

「じゃ、オレシャワー浴びて来るから勝手にして。一応恋人ってなってるからここにいてもらうけど、執事に言えば何でも用意してくれると思うよ」

「へ、変なことしない?」

「は?オレが?お前に?なんで?」

「う……ごめん」

そのままバスルームへ彼の背中が消えるのを見送ったアニスは、ぎこちなくソファーへと寝転がる。
ソファーだけど普通のベッド以上に柔らかく、寝るのに全く問題は無さそうだ。

だけど……

シャワーの水音を聞いてると変に緊張してしまっている自分がいて寝付けそうにない。
きっと恋人なんて嘘をついたからだろう。
そして彼が無駄に整った顔をしているのも悪いと思った。

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