- ナノ -

■ 4.関わらないで

目が覚めて、どうなったんだっけ…と回らない頭で考える。
知らない天井に、びっくりするほど柔らかいベッド。

何があったのかと目だけを動かしたアニスはこちらを覗き込む人影にドキリとする。
しかもだんだん焦点が合ってきて、その人物が先程まで自分を拷問していた相手だとわかると、さっと表情を強ばらせた。

「や。気分はどう?」

「あなた…!さっきの…
……ここは!?」

「オレの部屋だけど」

目の前の彼は事も無げにそう答える。
確か、イルミって呼ばれてたような。
ゾルディック家の噂は前々から知っていたが、まさかこんな形で出会うなんて夢にも思わなかった。

「……私を殺すの?」

「いや、オレの仕事はもう終わった」

「仕事……?兄妹かどうか知りたかった、それだけ?」

もしそれが本当なら安心だ。
既に一回針を刺されたので手放しには信用出来ないが、仕事でないのならたぶん大丈夫。
ゾルディックの殺しはあくまで商売だと聞いたことがある。

とはいえいつまでも悠長に寝転がっているわけにもいかず、アニスは上半身を起こした。

「……っ!」

その途端、視界に入る男の姿。
彼はにやりと不敵な笑みを浮かべ、ひらひらと挑発するように手を振る。
復讐しようなんて気はサラサラなかったけれど、だからと言って怒ってないわけでもないし、関わりたいわけではなかった。

「ゾルディックって拷問が終わったら手厚く看病してくれるのね。知らなかった」

「そんなことないよ」

「……もう用が済んだのなら帰っていい?」

「オレは別に構わないけど」

案外あっさりした回答に、ちょっと拍子抜けする。
周りを見渡せば、豪華だが暗殺者の部屋という感じはしない。
ゾルディックって想像してたイメージと違うな、と思いつつ、アニスはベッドから降りた。

「アニス

「……」

「無視かい?酷いなァ

ヒソカの方には目もくれず、黙って扉へと向かうと、後ろから声をかけられる。
妹の拷問してくれるよう依頼を出した男に、無視くらいで酷いと言われる筋合いはなかった。

「感動のご対面だろ?
14年ぶりじゃないか

「…感動?ふざけないで」

「謝るよ

「……それは、昔のこと?それとも今さっきのこと?」

たとえどちらのことにしたって、謝ってもらって許せる訳じゃない。
ヒソカはそこでようやく立ち上がって、私の肩に手をおこうとした。

「触らないで」

「妹に変な気は起こさないよ

「当たり前でしょ、そもそも兄貴面しないで。もうほっといてよ」

小さいときに別れたせいかショックで忘れてしまったのか、ヒソカとの記憶はあまりない。
一番鮮明に覚えているのはあの日、彼が両親を殺して、私をも殺そうとしたことだけだ。

だいたい今みたいな変なピエロの格好をしていては、言われるまで兄だとすらわからなかった。

「冷たいねぇ兄だってわかる前は結構喋ってくれたじゃないか

「兄だから嫌なの」

アニスはそう言ってゆっくりと振り返る。
自分と同じ金色の瞳としっかり目が合った。

1、2、3………

これで発動条件は満たす。

「『あなたは私の両親を殺し、私も傷つけた。それは許されることじゃない。だから、もう私に関わらないで、忘れて』」

それだけ言うと、アニスは今度こそ部屋を出る。
怒りに任せて乱暴に締めたつもりだったが、重い扉は静かにゆっくりと閉まった。
そしてそれがまた、無性に腹立たしかった。





「ヒソカ」

「………」

「ねぇ、ヒソカ」

彼女がそう言って出ていった後、ヒソカは馬鹿みたいにそこに突っ立っていた。
初めは流石に鋼鉄のハートを誇るヒソカでも、妹にああ言われれば傷つくのか。なんて思っていたけど、どうやら様子がおかしい。

イルミはヒソカ、ともう一度呼びかけた。

「追わなくていいの?」

「……」

「ヒソカ、聞いてる?」

「え?」

ヒソカのぽけっ、とした表情、初めて見たかも。
もしかして何か念をかけられた?

イルミはちょっと試してみようと思って、彼に向かって軽く針を投げてみる。

「危ないじゃないか

「ふぅん、ちゃんと動けるみたいだね」

「なんだい、いきなり

「お前の様子がさっきからおかしいからさ。アニスの言葉がそんなにショックだったの?」

「………え?」

アニス、という言葉を出すと、彼はまたぽけっ、とした表情になる。

なるほど、彼女に関することに念が働いているのか。
となるとおそらくアニスは操作系の念能力者。
詳しいことまではわからないにしても、凝で見る限りヒソカの体に何かが刺さっていたり付着している様子はない。

一定時間経てば解除される類のものだろう。
イルミはため息をつくと、もうこの話はやめにしようと思った。

「ま、いいや。用が済んだのなら帰ってくれる?」

「用
そういやボク何しに来たんだっけ?」

「……なんかヒソカ、ボケ老人みたい」

ただでさえ鬱陶しいのに、ボケてるヒソカを相手になんかしてられない。
イルミは状況が飲み込めずにいるヒソカを無理矢理ベランダの方へ押し出した。

「ボクまだボケるような歳じゃないよ

「はいはい。わかったからもう帰って」

「ん……まぁ、なんだか良く分からないけど、じゃあね

ヒソカは困惑しつつも、別れの言葉を述べると大人しく立ち去る。
あのヒソカに対しても結構効いてるみたいだな。
一体どういう念なんだろう。

「あ…」

イルミは少し考えて、それから重大なことに気がついた。

「まだ依頼料貰ってないや」

電話をかけようと思ったが、おそらく今のヒソカに依頼料を請求しても何のこと?と言われるに違いない。
厄介な念だな、とイルミは効果が早く切れるように願うしかなかった。

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