■ 3.自白
針を刺すと、彼女の瞳からは光が消えた。
表情からは精気が消え、もともと人形っぽかった雰囲気に拍車がかかる。
イルミはぐったりとした彼女の体を支えると、もう一度簡単な質問から繰り返した。
「お前の名前は?」
「……アニス…」
「ヒソカとお前との関係は?」
「…………兄妹」
顔をあげてヒソカの方を見てみると、いっそ怖いくらいの真顔でこちらを見ている。
彼女は本当に妹らしい。
他の操作系能力者に、先に操られて虚言を言っていない限りは。
続けて、と言わんばかりヒソカがあごをしゃくったので、イルミは再び目の前の彼女へと視線を戻した。
「お前は一度死んだの?」
「…わからない」
「わからない?死んでないの?」
「…わからない。目が覚めたら………」
彼女はそこまで言うと、いやいやをするように首をふった。
「…目が覚めたら、生きてたの」
「………ま、死んだかどうかって自分でわかるものじゃないしね。
瀕死だったんじゃない?」
「ボクが殺り損なったって言うの
?」
「別に。損なうとかそんなのじゃなくて、殺す必要がなければきっちりトドメを刺さないだろ」
ヒソカがなぜ妹を殺そうとしたのかはわからない。
どうせこいつのことだからまともな理由じゃないんだろうけど、遊びで殺しをやるヒソカが瀕死の相手を放置したとしてもおかしくはない。
イルミは最後に、もう一つだけ質問をして仕事を終わりにしようと思った。
「じゃ、今更ヒソカに会ったのはなぜ?復讐でもするつもり?」
「………会いたくない、嫌い」
「…だってさ、ヒソカ」
まぁ、実の兄にそんな酷い目に合わされて、嫌う程度で済んでるのだから儲け物じゃないか。
これ以上続けたって無意味だろう。
イルミがさっ、と針を抜くと、彼女はその場に崩れ折れた。
「ん、終わったよ。どうする?」
そう声をかけると、ヒソカはゆっくりと妹の方へと近づいてきた。
まるで眠っているかのような彼女を抱き上げ、額にかかった前髪を払いのける。
ヒソカはこの女をどうするのだろう。
今度はちゃんと殺すのだろうか?
「…イルミの拷問は優しいね
」
「見せしめや、弟たちに慣れされるための拷問ならもっと手ひどくやるよ。
だけど、今日みたいに真偽を問いたいだけなら針で十分。
それとも、痛めつけた方がよかった?」
ヒソカは答えない。
代わりに、僅かに眉を下げた。
「アニスは本物なのか…
」
「らしいね。
殺すの?」
「いや、別に
」
「そう」
だったらもう興味はない。
考えていたよりも時間はかからなかったし、わりといい仕事にはなった。
それにしてもヒソカに妹ね……
こんなのが兄貴だと思うと、いささか同情したくもなる。
自分に妹はいないけれど、瀕死にして放置する、なんてことはしないだろう。
おそらく、訓練以外では。
イルミは髪をかきあげると、いつまでも突っ立ってるヒソカを促した。
そんなとこにいたって仕方がない。
「オレ、上に戻るけど」
「わかった
」
「また案内させるの面倒だから一緒に出て。ここも鍵かけるし」
ヒソカは無言のまま頷く。
まったく、調子狂うなぁ。
イルミは軽くため息をつくといつものように一切音を立てず、階段を登り始めた。
※※
「で、なんでオレのベッドで寝かせるわけ?」
「いいじゃないか、別に
」
彼女─アニスは今、先程までの扱いが嘘みたいに柔らかなベッドに横たえられてた。
別に、シーツは毎日勝手に交換されるし、彼女に対して特に何の恨みも無いイルミとしてはどうでもいいことだが、まったくもってヒソカの考えていることはわからない。
来た時は丸太のように担いでいたくせに、妹とわかるやいなや壊れ物を扱うみたいにそっと抱き上げていた。
「偶然って、ホントに偶然だったの?」
彼女は会いたくなかったと言った。
イルミはてっきり向こうの方からヒソカに対して何かしらの接触を行ってきたのかと思ってたが、どうも話が違うらしい。
今日はお客さん扱いだからか、ヒソカの前にはご丁寧に紅茶とお茶うけが置かれていた。
「…ボクが先に接触した
アニスは、良いオーラをしてるだろ
面白そうだと声をかけて、顔を見て、驚いたよ…
」
ヒソカが言うには、殺した時彼女は5歳くらいだったらしい。
だから、本来ならばわからなくても無理はなかったのだが、直感的に他人の空似ではないと感じたのだった。
「なにそれ、じゃあほとんど確信してたってこと?」
「感覚的にね
だけど殺したとばかり思ってたから
」
「向こうの反応は?」
「初めはボクだとわかってなかったよ
」
だからヒソカもそれとなく近づいた。
自らは名乗らず、酔った彼女から家族のことを聞き出した。
そして、聞けば聞くほど死んだはずの自分の妹としか思えなかった。
「キミの針なら、自分でも納得できると思ったんだよ
」
「ふぅん」
「兄だとバラしてからは、アニスの態度も一変したけどね
」
「ヒソカって何がしたいわけ?」
イルミの最もすぎる質問に、ヒソカは肩をすくめる。
答えたくないのか、答えを持ち合わせていないのか、いつもどおり読めない奴だ。
「ん……」
「あ、そろそろ気がついたみたいだよ」
そう言ってみても、ヒソカは別に動こうとしない。
なんなのコイツ。
しばらく二人で無言が続いたあと、仕方なくイルミは立ち上がって彼女の様子を見に行った。
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