- ナノ -

■ 51.絆される

「もしもし、イルミ?そっちの様子はどうだい?」

母さんとアニスはまだお茶会の最中。
どうやら毒も少しは慣れたみたいで、幸いにもアニスはまだ倒れていない。
最終的に女の会話にはついていけずイルミが席を立つと、ちょうどヒソカから電話がかかってきた。

「…ヒソカ、オレってクールじゃない?」

「は?」

けれども今のイルミに普通にお喋りする余裕などなかった。一度好きになったくらいなんだから、たとえ記憶が無くてもなんとかなるはずだ、と高を括っていたところにあの台詞。クールかどうかはさておき、あれじゃタイプじゃないと言われたようなものじゃないか。

ヒソカは少し面食らったようだったが、イルミが脈絡なく話すことに耐性があるため「アニスがそう言ったのかい?」ずばり当ててきた。

「そう」

「…まぁキミって好きな物には執着するタイプだし…ボクとしてすごい複雑だけど

「ヒソカは結局反対なの?賛成なの?」

「アニス次第だってばアニスが嫌がるなら、ボクはキミを全力で排除する

「……」

そう言われても色々と誤算があったのでイルミは強気な態度を取れなかった。
自惚れだと言われればそれまでかもしれないが、一度は脈があった相手。今度は自分からもアプローチをするのだし、もう一度好きになってもらうことはそう難しくないだろうとばかり思っていた。

しかし現実はこの展開で、性格的にそろそろ我慢の限界である。ヒソカさえいなければすぐにでも監禁するのに……と口には出さずに内心でぼやいた。

「無理そうなら諦めたら?」

「面白くない冗談だね」

「とにかく無理矢理はナシ除念もしかりだよ

「……なんで、なんでそんなに除念を拒むのさ?」

本音を言えばそれが一番手っ取り早い。けれどもヒソカはそれを頑なに拒むのだ。今だって電話口の向こうの声はおどけているようでそのくせ真剣味を帯びている。

「リスクが大きいよ、除念だって完璧とは限らないんだし

「それはそうだけど、そこはうちで信頼できる除念師を連れてくるだけのことだよ」

「とにかく無理はさせたくないんだキミだってアニスが大事なんだろう?」

結局そう言われてしまってはイルミも承諾するしかなかった。「…その代わりお茶会はこのまま再現させてもらうからね」「?」どういう意味だと深く詮索される前に、強引にピッと通話を切る。
それとほぼ同時にガチャン、と陶器の割れる音がして、母さんの悲鳴が上がった。

「まぁああ!!イル!大変よ早く来て頂戴!!アニスさんが!」

「わかってるよ」

実は席を立つ前に彼女のカップにこっそりと毒を追加したのだ。少しは耐性のある同じ種類の物で量を増やしただけだから、大事には至らないと思う。
イルミはとても冷静に倒れている彼女を抱き上げると、これでいいんだ、と呟いた。

だってアニスはうちで倒れることになっているんだから。





「う…」

酷い頭痛とこみ上げる吐き気にアニスは思わずうめき声を漏らす。体全体が燃えるように熱いため熱があるのだと思うが、風邪を引いたときのだるさとはまた違う。
ようやく自分がふかふかのベッドに寝かされていることを認識したアニスは、焦点の合わない瞳でさらなる情報を仕入れようとした。

「…起きた?」

「イル…ミ、何したの…」

ほとんど覆いかぶさるようにイルミが上から覗き込んできて、彼の長い髪が頬をくすぐる。今更になってぎゅっと手を握られていたのだと気づいて、それでも恥ずかしいなんて思う余裕はなかった。

「気分はどう?やっぱり、このくらいは飲めるようになったんだね」

このくらいは飲める、の言葉に、あぁさっきまでお茶会してたんだと思い出す。そういえばだんだん体調が悪くなって……まさか、イルミが細工した?
回らない頭で彼の言葉を理解するのは難しく、アニスは大丈夫ではないという意味をこめてゆるゆると首を横に振るしかなかった。

「まぁ、心配しなくても前にも同じように倒れたからさ」

「じゃあこれも、まさか再現…なの…?」

「殺そうなんて思ってないよ。アニスには死んで欲しくないからね」

言葉とともに何かひやりとしたものが額に触れたと思ったらそれはイルミの手のひらで、アニスは一瞬目をつぶる。
意図的に毒を盛られた形になるのだが、不思議とイルミから悪意は感じられなかった。それどころかむしろ、彼が垣間見せる優しさに戸惑いを隠せなかった。

「ちゃんと良くなるまで看病するよ」

「…なんでそんな、面倒なことしてまで……」「だって、思い出してほしいから」

好きって、また言って欲しいんだよ。

まっすぐに目を見つめられ、呼吸が止まりそうになる。別にアニスだって過去に告白された経験が全く無いわけでもない。
けれども今まで、こんなに誰かに強く求められたことはあるだろうか。
こんなに真剣に想いを伝えられたことはあるだろうか。

はっきり言ってイルミはアニスの中でよくわからない人だった。
怪我をして目が覚めて、それから毎日お見舞いに来てくれていたがその時は何も語らず。
そしてしばらくぶりに会えば今度は、いきなり結婚して欲しいだなんていくらなんでも面食らうに決まってる。

アニスは握られていない方の手を伸ばすと、額に置かれた彼の手の上に重ねた。
「……イルミ、」でも好きとか嫌いとかそういう事は抜きにしても、彼の真剣な想いにはちゃんと向き合いたい。向き合わなきゃいけない気がした。

「わかった……そんなに思い出させたいなら、除念しよう?
私のこれ念のせいなんでしょ……」


イルミの目が大きく見開かれて、しばらく時間が止まったみたいだった。

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