■ 50.マイペース飽和
「まぁまぁまぁ!!アニスさんよくいらしてくれたわ!!あれからずっと心配してましたの!記憶の方はもうお戻りに??」
ドレスを買ってもらった翌日。
そのままお茶会も決行しようとしたイルミを兄が止めて、こうして日を改めてゾル家を訪ねることになった。
昨日の今日なのでまだイルミという人物に慣れたわけではないが、悪い人ではないとわかったので今日は兄ヒソカはお留守番。
手段はどうあれ真剣に記憶を取り戻してほしいと思ってくれているみたいなので、アニスはそのイルミの想いを無下にはできなかったのだ。
家を訪れるのは療養していた時以来で、相変わらず馬鹿でかい門を潜り抜けた後はイルミに担がれ本邸へと向かう。
それだけでも疲労度マックスだったのに、甲高い声に迎えられてアニスは完全に首を横にふることしかできなかった。
「あらあらそうなの!でもいいのよ、遠慮しないでアニスさん、思い出さなくったってもまた思い出なんてつくればいいことよ!おほほほほ!!」
さ、お茶にしましょ、なんて引っ張られて、この親子は本当に似ていると思った。ゴーグルで目元は見えないが、髪と言い雰囲気と言いきっとそっくりなのだろう。ちなみに忘れてしまっているのはイルミとイルミが関わった出来事だけなので、彼女と一対一でお茶会をしたことは覚えている。
「もう毒は大丈夫かしら?療養中も少しずつ混ぜていたんだけれど!!」
「えっ、そうだったんですか」なんて鬼畜。
味では全然わからなかったけど、前の時も寝込んで酷い目にあったからなぁ。
……あの時看病してくれたのは誰だっけ。
覚えてないと言うことはイルミだったりするのかな。
ほとんど他人事のような気分で案内され、席につくと早速紅茶とお菓子が運ばれてくる。相変わらず見た目だけは素晴らしく美味しそうだ。
「母さん、話があるんだけど」
しかしアニスがカップに手を伸ばすその前に、イルミはようやくそこで言葉を発した。元々この場にイルミはいないはずなのでてっきり彼は黙ったままでいるのかと思っていたがそうでもないらしい。
「あらあら、なにかしら??」
首を傾げる仕草までそっくりだなぁなんてどうでもいいことを考えていたら、イルミにしては言いづらそうに少し口を開いたあと彼はこう言った。
「オレ、アニスと結婚しようと思ってるんだ」
※
自分の発した言葉で、アニスと母親が固まるのが手に取るようにわかった。
別に気にしているのは母の反応ではない。そんなものはいちいち確認せずともわかりきっている。
欲しいもののためなら手段は選ばないという信条の下、こんなことを言ってみたわけだが、やはりアニスがどんな顔をするのか気になるのである。
この一見無意味とも取れる宣言には、外堀を埋める、という狙いがあった。
これまでの付き合いから察するにアニスの性格は、他人にすごく気を遣うタイプである。生憎自分の周りにそんな人間がいなかったため初めは下らないとさえ思っていたが、これほど利用しやすい性格はないのではなかろうか。
操作系は理屈っぽいとヒソカは言うが、彼女もまた自分なりにあれこれ理由をつけて自己完結してしまう節がある。ここで母さんが歓喜して押し切ってしまえばアニスは後に引けなくなり…「待ってください、それはイルミが勝手に言ってるだけです」
「え?」
自分の中で計画のおさらいをしていたら、思いがけずかかる制止。
母さんの方も喜ぶ間もなく、ぽかんと若い二人を交互に見る。
「ど、どうなのイルミ…?」
「……アニスって、もっと人に気を遣う感じじゃなかった?空気読むとか」
「え?そうでもないと思うけど……それにイルミにそういうこと言われたくないって言うか」
「……」
なんでだ、どこでどう読み間違った?アニスの家に泊まった時、自分が高熱を出してても床に寝ようとしてたくらいだった彼女なのに。
「すいませんキキョウさん、私やっぱり記憶が無いのでそんなこと言われても困るんです。思い出したい気持ちはあるのでこうしてお茶会などにも参加させていただいてますが、順を踏まずにいきなり結婚と言うのは流石にいただけません」
「まぁ、まぁ、イルったらせっかちさんだったのね」
「…それだ、もしかして気を遣ってくれてたのってオレが好きだったから?」
「いや、そういわれても記憶ないから……ごめん」
「あら?やっぱり両想いなのかしら??」
今気づいたがここには操作系しかいない。しかもヒソカの性格分析では理屈屋なだけではなく『マイペース』というオプションがついていた。収拾がつくわけない。
それでもイルミもその操作系であるので、自分のしたい話題から話を変えるつもりはなかった。
「ねぇ、そうだったの?いつからオレのこと好きなの?」
「……そもそもイルミのこと好きなの、私?」
「言った、前にそう言ったよ」
「イル、詳しく聞かせて頂戴!!!」
詳しくも何もそのままだ。アニスは覚えてないかもしれないけど、確かに好きだと言われたしそのせいでちょっとややこしいことにもなった。
けれどもアニスはうーん、と首をひねると困ったように眉を寄せた。
「私、クールな人が好きなんだけど、イルミは何かちょっと違うよね……ご、ごめんね?」
自分の中で何かが音を立てて崩壊した。
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