■ 49.本来の彼
「うん、さっき母さんに電話して聞いたんだけど、パドキアにもそういうパーティドレスの店あるらしいよ」
「…そ、そう」
店を出るなりあたかも会話していたかのように話始めるイルミに、もはやツッコむ気さえ起きない。たぶんまた彼は自分の中の記憶を頼りに言うべき台詞を言っただけだし、もう彼が納得しているなら何も言うまい。
両隣をがっちり長身の二人に挟まれて居心地の悪さは半端ないが、待ち行く女性の視線も辛かった。
「へぇ、イルミにしては準備いいじゃないか
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」
「アニスのためだからね」
「イルミの都合のいい記憶に、ボクイライラしちゃうなぁ
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」
「無駄口をたたかないでくれる?あ、ほらあそこだよ」
兄が思い切り睨み付けようが、彼は全くお構いなしで前方をはっきりと指差す。
そしてたどり着いた店を前にアニスは、思わず口をあんぐり開けた。ショーウインドウに並ぶドレスはどれも煌びやかで、値札にも0がたくさん散りばめられているのだろう。
「ここ、高級そうな感じがすごいんだけど…」
素直に感想を洩らせばイルミがぴくりと反応して、アニスは咄嗟に一歩退いた。
「思い出したの?」「へ?」
「だって、同じこと言った」
「あ、そうなんですか…」「敬語」「そ、そうなの?」
どうだっていいよそんなこと、と言いたいのをこらえてもう一度言い直したが、今の敬語で記憶が戻っていないのは伝わっただろう。記憶があろうがなかろうがこんな高級な店には縁なんてなかったし、同じ感想を抱いたところで不思議ではない。
けれども少しだけイルミが悲しそうな顔をしたのが胸に引っかかった。
「…ま、いいや。とにかくオレが選ぶからそれ着てね」
言いながら彼はおもむろにこちらの手を引き、店内に入る。
するとすかさず店員にがっちりマークされ、それだけでもアニスは気圧されるが、イルミはこういうところに慣れているらしかった。「緑のドレスないの?」「はい、ございます。こちらに…」
その一言を聞いて、いつの間にかクローゼットにあったあのドレスはイルミからだったのかと納得した。
「じゃ、これ着て」
「う、うん…」
半強制的に試着室へと押し込まれ、とりあえず着替えてみる。もしかして再現のためだけに似たようなこのドレスを買うつもりなんだろうか。
兄ならともかくも、正直彼がそこまでしてくれる理由がわからなかった。本当に私のことを好きなのだろうか。
でも、なんで…?
「どうかな…?」
緊張しながらカーテンを開けると、携帯を手に待ち構えている二人。「いいよアニス」許可なく連写され、思わず顔が引きつった。
「ちょ、何撮って…「これ頂戴」「かしこまりました」
どこからともなくカードを取り出したイルミは店員にさっと渡す。あまりに自然なその動きに一瞬ぽかん、と見つめてしまったが、アニスは慌てて制止した。
「ねぇイルミさん!」「イルミでいい」
「こんな高価な物、困ります」
きっと素敵な女性なら、ここでありがとうとにっこり微笑んで素直にプレゼントを受け取るのだろう。けれどもアニスはそんな器用ではないし、高価なものを貰えば相手に悪いと思ってしまう。
イルミはこちらを真っ直ぐ見つめると、と整った形の眉を僅かに歪めた。
「何度言わせるの?敬語は要らない。貰って悪いと思うのなら、どうしてオレの言うことが聞けない?」
「……」
少しだけ機嫌を悪くした風の彼に、はっと息を呑む。なぜだかわからないがこれが本来の彼であるような気がした。先ほどまでの支離滅裂な物言いはどこへやら、冷たくて論理的な言葉。
「遠慮はいらない、オレがそうしたいからそうしてるだけ」
「…わかった」「うん」
けれどもアニスが戸惑っている間に、彼の雰囲気はまたすぐに戻る。「イルミ、」意を決して名前を呼べば、大きな瞳が丸く見開かれた。
「…ありがとう」上手くにっこり、とは笑えなかったけれど。
「……いいよ」
少し照れた風に目を逸らすイルミが妙にいじらしかった。
そして今までそこまで気にしていなかったが、彼を忘れてしまっていることはとても酷いことなのだと気づかされたような気がした。
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