- ナノ -

■ 2 似ているようで似ていない

ゾルディック家の拷問部屋は地下にある。
だからいつもみたいにベランダから軽々しく訪ねてこられても面倒なので、ヒソカにはちゃんと正面から来るように言ったはずだった。

今回は正式な依頼で金も貰ってる。
だから、イルミは先に拷問部屋で待っていて、執事に案内されて来たヒソカとターゲットが来るのを待つだけでよかった。

それなのに

「もしもしイルミ、今どこにいるんだい?」

「どこって、地下」

「キミの部屋を訪ねてみたんだけど、いないから驚いたよ

「だから、玄関から来いって言っただろ」

人の話をちゃんと聞かないヒソカが悪い。
というか聞いてるんだろうけど、聞き入れないヒソカが悪い。
仕方なく、執事に連絡して自室へと向かわせ、ここまできちんと連れてくるように言いつける。

どうしてこう、いちいち………と苦々しい思いで、イルミはコンクリートむき出しの壁を睨んだ。



やがて、程なくして気配が3つ、こちらに近づいてくる。
一つは執事、もう一つはヒソカ。
残る見知らぬオーラが、ヒソカの自称妹で間違いないのだろう。

念遣い。それもなかなかの。
近づけば近づくほど顕著になるそのオーラの強さに、気を緩めてはいけないなとイルミは思い直した。

「イルミ様。依頼人の方をお連れしました」

「入って」

ぎぃ、と軋んだ音がして扉が開けられる。
にやにや笑いを浮かべた道化師は、この殺風景な部屋には似つかわしくなかった。

「や、ごめんごめん、待たせたね

「延長料金取るからね」

「それは勘弁しておくれよ

「で、ターゲットはそいつ?」

バンジーガムで両手両足を拘束され、丸太のようにヒソカの肩に担がれた女は、イルミの言葉にきっ、とこちらを睨みつけてきた。

「そ、これがボクの妹

「あれ、認めるの?」

「どうだろうね、わりと似てるだろ

ヒソカは無造作に女を床に下ろすと、コキコキと首を捻った。
言われてみれば確かに、ヒソカと女は似ている気もする。
もちろん、女性であるため全体的に線は細いが、切れ長の瞳とすっと通った鼻筋は彼にそっくりだった。

「顔なんて、いくらでも変えられる」

「まぁね。
でも、それを言うなら変えられないものなんてないよ

「どうでもいいけど、お前みたくにやにやしてないのが救いだ」

イルミは女の足首を持つと、そのままずるずると引きずって部屋の中央へと運ぶ。
女は抵抗するわけでもなくただじっと引き摺られていて、自分が言うのもなんだがマネキンのようだった。

「じゃ、早速始めるけど」

「どうぞ」

ヒソカが頷いたのを確認して、イルミは女の顔を掴み、瞳を合わせる。
初めの方はそこまで手荒に扱うつもりはなかった。

「オレの仕事はお前が本当にあいつの妹か調べること。
とりあえず聞くだけ聞くけど、本当に妹?」

「…好きであんな男の妹になった訳じゃない」

「ま、その気持ちはわからなくもないね。
でも、否定はしないんだ?」

初めて聞く彼女の声は、思っていたよりも幼かった。
大人っぽく見えるだけで、実はそう歳をとっていないのかもしれない。
彼女は気丈にも、こちらの瞳を真っ直ぐに見返してきた。

「名前は?」

「……アニス」

「ヒソカ、」

「合ってるよ

わざわざオレに頼むくらいだからなかなか口を割らないのかと思っていたけれど、案外素直に喋るじゃないか。

この女の狙いは何だろう。
妹じゃないとして、それならヒソカに近づく意味は?

一番楽な発想としては怨恨だった。
仕事じゃないにせよ、ヒソカは多くの人間の命を奪ってる。
だからその犠牲者の家族の一人くらいが、こんな手の込んだ仇討を計画したって不思議ではない。
何かを白状させるのではなく、証明するのなら、針を使った方が早いかもしれなかった。

「お前はヒソカに殺されたの?」

「そうよ。許さない」

「じゃ、なんで生きてるの?」

「そんなの知らない」

「試しに殺してみてもいい?」

イルミがそう問うと、目の前の彼女からではなく、別のところから殺気が飛んできた。

ああもう、鬱陶しいな。
文句があるなら自分でやればいいのに。
入口付近の壁にもたれかかって腕を組んだまま、ヒソカはこちらを凝視していた。

「また生き返るなんて保証がないから、殺されるのは嫌」

「お前の目的は?なぜ今になってヒソカの前に現れた?」

「…偶然会ったのよ。あの男のことは許さないし大嫌いだけど、今更別にどうこうしようって気はないから」

残念ながら今のところ、彼女が嘘をついてる様子はない。
あの男、と表現する割には、復讐者独特の色に瞳が彩られることもなかった。

「ヒソカ、針を刺すのはアリ?」

「壊れない程度に

「兄妹喧嘩にオレを巻き込むのはやめてよね」

もしも頑なに口を閉ざすようならば暴力も致し方なかったが、こうもペラペラ喋られてはそんなことをする意味もない。
だが喋るからと言って何でもかんでも彼女の言葉を信用するわけにはいかなかった。

「な、何するの?」

「ま、簡単に言えば操って自白してもらうってこと」

キラリ、と尖った先端を向ければ、そこでようやく彼女の顔色が変わる。
自白させるくらいなら、そう強い念はいらないだろう。
壊れない程度に、というご注文付きだし、用意した中から比較的軽目なものを選び出す。

「やめて」

後ずさって逃げようとする彼女を押さえつけ、イルミは躊躇いなくこめかみに針を突き刺した。

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