■ 40.説明とプライド
イルミから連絡を受け取ったとき、全身の血がすうっと引いていくのを感じた。
なんで、なんでアニスが。
話もろくに聞かないうちからゾルディック家に向かったが、怒りと困惑で頭の中がぐちゃぐちゃだった。
とにかく早くアニスの元へ行かなければという気持ちだけで、ヒソカはひたすらに急いだ。
「どういうことなんだい、アニスは、アニスは無事なのかい!?」
執事に案内され、訪れたゾルディック家の医務室。扉を乱暴に開けて中に飛び込むと、イルミが暗い瞳でこちらを見た。
「ヒソカ……」
正直、イルミに言ってやりたいことはたくさんあった。どうしてまたアニスに関わっているのかとか、なんでイルミが付いていながらこんなことになっているのかとか。
でもそれよりまずは妹の安否を確かめるのが先で、ヒソカは目の前のイルミを無視してベッドの方へと向かった。
「アニス……!大丈夫!?」
流石ゾルディックというべきか、様々な医療器具が並び、アニスはその中で瞳を閉じている。胸からチューブが伸びていることからおそらく肺に穴でも空いたのか。
顔色に血の気はなかったが、心電図も安定しているようで今すぐ命に関わるような状態でない。そのことは素人のヒソカにも一目でわかった。
「……よかった、アニス……」
思わずその場に座り込みそうになるが、安心した途端今度は怒りがふつふつと湧いてくる。「イルミ、」名前を呼べば彼はこうなることがわかっていたかのように頷いた。
「ちゃんと説明しろ」
「……」
たとえどんなに筋の通った説明だとしても簡単に許すつもりはないが、気をきかせた執事が医務室内に椅子を運んできたのでとりあえず席に着く。
「オレも全てを把握しているわけじゃない。推測も混じってるけど……」
イルミにしては珍しく重い口調で、彼はゆっくりと語り出した。
※
「……じゃあ、アニスはキミを助けるために自分で自分を刺したっていうのかい」
「おそらく念をかけるために、自分に注目させる必要があったんだと思う……アニスは操作系だろ、ターゲットは自殺していた。あれは彼女がやったんだろう」
「その間、キミは一体何してたわけ」
「……」
もちろん、イルミが何をされていたのかはさっきの説明で聞いた。それでも言わずにいられなかった。アニスがこんな目にあっているのに、何もできなかったイルミが憎かったのだ。
「ごめん……オレ、アニスに助けられた」
「……」
気まずい沈黙が二人を包む。イルミもわかりにくいだけで相当ショックを受けているようだった。プライドも随分と傷つけられただろう。
しかしそんな重たい雰囲気を打ち破るように、アニスの様子をチェックしていた看護婦が声をあげた。
「イルミ様、」
「気がついたの?」
それを聞いてヒソカも立ち上がる。ベッドサイドへ慌てて駆けつければ、彼女はうっすらと瞳を開いたところだった。
「アニス大丈夫かい?ごめんね、怖かっただろう?」
話しかければゆっくりと瞬きをする彼女。言葉を発しようとして胸が痛むのか眉が顰められる。
「肺の穴は小さいので会話に支障はありませんが、念のため筆談でお話ください」
そう言って看護婦が紙とペンを手渡したので、彼女はそれを使って文字を綴る。
─お兄ちゃん、ごめん
その字は思ったよりもしっかりとしていて、ヒソカはほっと息を吐いた。
「黙って出かけたりなんかするからだよ、勝手にイルミと連絡取って、そのうえ仕事についてくなんて……」
隣にイルミがいようがいまいがお構いなしに、本音がぽろりと溢れる。
しかしヒソカの言葉にアニスはばつの悪そうな表情をするわけでもなく、きょとんとしただけだった。
そしてさらさらと紙にペンを走らせた。
─イルミって、誰?
全く予期せぬ言葉にヒソカは思わず言葉を失う。
しかしその文字を見て一番驚いたのは、他でもないイルミ本人だった。
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