- ナノ -

■ 39.発動条件

私は暗殺者でもなんでもないから、心臓の位置には詳しくない。けれども針が細いおかげで肋骨にも阻まれることなく、次の瞬間には鈍い痛みが胸を襲った。

「死ぬつもりか!そうはさせないぞ、なんとか死ぬ前に記憶を…!」

馬鹿だなぁ、いくらなんでもこんな細い針で死ぬわけ……ま、毒とか塗ってあったらまずいんだけれど。
肺に穴でも空いたのか苦しくなって、浅く早い呼吸音が自分自身にも聞こえる。

とにかくあの男の念の発動条件は対象と目を合わせることらしい。そしてそれはアニスの発動条件と同じだ。
この場合どうなるのかはわからなかったが、どうせこのまま二人してやられるくらいなら物は試しだ。

ぐい、と強引に髪を掴まれ無理矢理引っ張り起こされる。お願いだから早く発動して。
目が合って3秒。猿轡をかまされていなかったのは奇跡に近い。

「くそ、この女勝手なことをしやがって!お前の一番大事な記憶を奪ってやる!」

「『お前は趣味で、人体収集をするような…外道だ、だからお前がやってきたことを、自分の体にもしろ!』」

私の念は理由を付けることにより、相手の行動を制限、操作することができる。理由が論理的であればあるほどその効果は強いが、否定的な内容しか使えなかった。


「ぐ、ぐ……あぁ……」

男の表情が苦悶に歪み、放された身体がどさり、と床に落ちる。

あぁ、でも私もダメみたい……。
相討ちってことになるのかな……。

突然の激しい頭痛に眉を顰めるも、男の苦しむ声を遠くの方で聞きながら私の意識は次第に薄れていった。





「やめ……!」

自分の声でハッと我に帰る。混乱したまま視線を動かせば、首から下の自分の体がちゃんとある。一体どうなってるんだ、何が起こった?

自分は確か罠にかかって、ターゲットに記憶を奪われそうになっていたはず。今の今まで見ていたリアルな映像に、夢か現か定かでなくなるがイルミはなんとか身体を支えて起き上がった。

「なっ……」

そして視界に飛び込んできたものに、思わず言葉を失う。部屋の中に横たわっていたのは紛れもなくターゲットの男だったが、自分で自分の目を抉り、足を切断し、喉をかき切って絶命していた。
その光景は死体を見慣れたイルミでさえ、ぎょっとさせるものだった。

「アニス……?アニス!」

そしてその異様な光景の中に、同じく横たわる彼女の姿。ふらつく足取りで駆け寄ればまだ息はある。背中から深々と突き刺さった針はイルミの物だったが、角度や向きから彼女自身で刺したようだった。

「なんで……アニス、何があったの?」

自分は全く意識がなかったのだから、このターゲットを始末したのはアニスに違いない。イルミは揺らさないようにそっと彼女を抱き上げると、窓辺へと向かった。

とにかくここから逃げなきゃ……このままではアニスだって危ない。

何が何もできないでしょ、だ。何もできなかったのは自分の方だ。彼女はきっとオレを庇って……。

「アニス、死なないで」

誰かの生を強く願うことは、イルミとって初めてのことだった。


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