- ナノ -

■ 36.警報装置

母さんの反応ははっきり言って意外だった。まぁ、自分がついている時点でアニスが殺されるわけ無いというのはわかっていたが、こんな依頼を勝手に引き受けて彼女にやらせようとするなんて……。

イルミは気配を消し、なんなく屋敷内に侵入する。護衛と言っても念能力者以外は取るに足らない存在だ。
ターゲットの場所にたどり着くまでの最低限だけを殺し、なるべく事を荒立てないようにして近づいていく。


ここか……。

ターゲットがいるのは書斎。扉の外で室内の気配を探ると、どうやらここに念の遣い手もいるようだ。
しかし、イルミが扉に手を触れる寸前、けたたましい警報音が耳をつんざく。もちろんまだ手が触れていないのだからイルミのせいではない。
扉の方へ人が走ってくる気配がして、原因を考えるよりも早く身を隠そうと体が動いていた。

「大変です!」

「何の騒ぎだよ!なんで警報を鳴らしてんだ?女はどうなった!?」

部屋の中から出てきたのは、残念ながらターゲットではない。廊下にしては高い天井とごてごてした照明器具のおかげで、姿を隠すのは容易だった。
けれども男の台詞がどうしても気にかかる。警報が鳴って驚くのではなく、迷惑しているような口ぶり。そして女という単語。


まさかアニスが自分の後を追ってきたのか?


いつでも針は投げられるようにして、イルミは男たちの様子をうかがっていた。

「それが…ターゲットと別れて屋敷の近くにいたところを初めは上手く捕えたのですが、あの女も念能力者だったみたいで…。
逆に警報を鳴らされてしまいました。今頃ゾルディックのやつもこの警報を聞いて逃げてしまったかもしれません」

「そうか…でも警報ごときでゾルディックは逃げないだろう。引き続き女を追いかけろ。もしかすると交渉に使えるかもしれない」

「は、わかりました」

ばたばたと慌ただしく去っていく男。そいつに指令を出したこっちの男は、おそらく護衛の中で一番偉いのだろう。
あの女というのはどうやらアニスのことらしいがそれにしてもなぜ自分たちが来ていることがバレたのか。
彼女は言いつけを破らず外で待っていたようだし、奴らの言うターゲットは紛れもなくイルミのこと。

嵌められたのか、と思った。

こういう稼業を続けているとよくあることだ。恨みだったり賞金稼ぎだったりと狙いは様々だが、確かにゾルディック家の人間に会うにはもっとも手っ取り早い方法。
それが偽の暗殺依頼を出すことである。

もちろん生半可な額ではこちらも動かないのでそれ相応の元手がいるが、今までにもこういう経験はしてきた。そしてその度にイルミはきっちりと敵を片付けてきたのだ。
仕事としてはとんだはずれくじだが、家の邪魔になるものを排除するのは必要なことだし、むしろ探さなくても自ら呼びこんでくれるのだからありがたい。

大して動揺することもなく、イルミは部屋に戻ろうとする男に狙いを定めた。

そして…


鈍い音がして男の体はぐらりと前のめりになる。倒れる瞬間こちらを振り向いた男は笑みを浮かべ、唇を動かした。

─かかったな。







イルミは無事だろうか。


アニスは必死に逃げながらも、連絡のつかないイルミのことを考えていた。
しかし悲しいかな、鍛えていない体ではそう長くも走っていられない。
ゾルディックに比べればなんてことはないが、この屋敷だって相当に広くて、アニスはとにかく近くにあった部屋へと隠れた。


「探せ!大事な人質だ!」

「くそっ、まさか念遣いだったとはな」

乱れた呼吸を整え、どうしてこんなことに…と嘆く。
イルミと別れた後、心配しながら彼の帰りを待っていたところに現れた黒服の男たちは、びっくりしているアニスをいきなり強引に連れ去ったのだ。

初めは何のことやらわからず怖かったが、彼らが話していることから目的はイルミなのだと知る。
仕組まれていたんだ、そう思うと一気に血の気が引いた。

しかしまぁ幸いにも女であるため向こうが油断をし、その隙をついてなんとか逃げ出すことはできた。そしてとりあえずイルミに逃げてもらえるよう、アニスは男たちを操って警報装置を作動させたのだった。


今頃、イルミも異変に気が付いただろう。暗殺者は基本的に分が悪くなれば早々に撤退する。もしかするともうとっくに屋敷を出ているかもしれない。

「くまなく探せ!絶対に近くにいるはずだ」

廊下を走っていく複数の足音。こうなれば見つかるのも時間の問題だ。


「はは、人の心配してる場合じゃないかも…」


こんな状況にも関わらず、イルミが少しでも自分のことを気にかけてくれたら嬉しいな、なんて思った。

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