- ナノ -

■ 1 冗談、冗談

「ねぇイルミ、キミはターゲットを殺し損なったことってあるかい?」

久々に組んで仕事をした帰り。
ついでだろ、としつこいのでゾルディックの私用船に乗せてやったヒソカは、何を思ったか急にそんなことを訊ねてきた。

「なに?突然。
お金もらってやってることだからね、殺し損なったことはないよ。
殺さなくてよくなったことはあるけど」

「…そう

暗殺業、しかも有名なゾルディックともなれば失敗は許されない。
依頼人が先に殺されてしまわない限り、仕事を途中で放り出すなんてことは絶対になかった。

だが、自分で聞いてきたくせに、返ってきた返事は素っ気ないものだ。
ヒソカは珍しく真面目なトーンで呟いたかと思うと、考え込むように黙ってしまう。
別に静かにしてくれる分にはありがたかったが、いつもうるさいヒソカが黙るとそれはそれで不愉快だった。

「なんなの」

「いや……死んだ人間が生き返る、なんてこともないよね?」

「はぁ………前々からイカれてるとは思ってたけど、想像以上だね。
そんなことがあったら困るよ」

「やだな、本気にしないでくれよ

ヒソカはそこでククク、とさも面白そうに笑うから、やっぱりいつものなんてことない戯言なのか、と思った。
だからイルミはそれ以上の言葉をかけず、ヒソカを無視して針の手入れに勤しむ。

どうせ、適当な所まで来たら勝手に降りるでしょ。
特にこれといった用事があるわけでもないみたいだし、放っておこう。
だが、そんなイルミの予想に反して、ヒソカはまたも真剣な口調で話しかけてきたのだった。

「ねぇイルミ、キミに頼みたいことがあるんだけど

「……なに?依頼?」

「そう、殺しじゃないけどね

「じゃあパス」

おかしいな。
これでもヒソカとはまあまあの付き合いだ。
オレの仕事くらい知っているはず。
殺しじゃない依頼は基本的に管轄外なので、余程のことがない限り受ける気なんてなかった。
ちなみに、余程のこととは余程の金額と思ってくれていい。

ヒソカは「ボクとキミの仲じゃないか」と訳のわからないことを言った。

「面倒な依頼は受けない」

「大したことじゃないよ、ちょっと調べて欲しいだけなんだ

「尚更専門外。ウチで情報担当はミルだからね」

だいたい、それならオレに頼る前にハンターサイトを当たればいい。
せっかく取ったライセンスなのに─もっとも、ヒソカは別に欲しかったわけではないだろうが─全く有効活用されてない。
もしも、それでもダメなら専門の情報屋に頼ればいいと思った。

「違うんだ、調べるってのは拷問って意味

「は?拷問?
そんなの自分でやればいいだろ。
もしくは蜘蛛にいるって言ってたよね、拷問好きな奴」

ヒソカは快楽殺人者で戦闘狂だ。
だから、単にじわじわいたぶるのではなく、何かを吐かせるという目的を持った拷問が得意ではないのを知ってる。
だけど、だからと言って莫大な金を賭け、わざわざゾルディックに頼るほどのことでもない。

ヒソカはわざとらしい仕草で肩をすくめた。

「彼に任せると、殺されちゃいそうだからねぇ

「死なれたら困るの?」

「うーん、困るというかなんというか

「はっきりしなよ、鬱陶しい」

イルミはいい加減見えてこない話に苛立ち始めた。
けれども、焦らす風でもからかう風でもない。
単純に迷っているようならしくないヒソカの振る舞いに、わずかながら興味も持ったのも事実だった。

「とりあえず、はっきりするまでは死なれちゃ困るね

「何が?」

「本物なのか、本物なのだとしたらどうやったのか

「だから何が?」

次で答えなかったら、この船から突き落とそう。
オレだってそう気の長いタイプでもない。
イルミは内心で固く決心して、ヒソカの言葉の続きを促した。


「妹、らしいんだよ

「は?」

「キミに拷問して欲しい相手

一瞬、聞き間違えたのかと思った。
ヒソカに妹?
そんなものがいるなんて知らなかった。
だいたい彼は過去のことについて話さないし(まぁ特に興味もないが)今の今まで家族がいるような素振りも見せたことがない。

しかも、気にかかったのは『らしい』という伝聞系だった。

「いたの、妹?」

「いたよ、昔殺した

「殺したのに、今いるの?」

「そう、だからおかしいんだよねぇ

ヒソカはまるで世間話をするかのように呟いた。
殺したはずの妹を名乗るものが現れて、困惑しているのかそうでもないのか。
たださっさともう一度殺し直してしまうのではなく、本物か確かめようとするあたり、気にはしているのだろう。

ヒソカは調べてくれるかい?と再度聞いてきた。

「ま、なんだかんだで話聞いちゃったしね。高くつくけど?」

「いいよ

「それより、どこにいるかわかるの?」

「あぁ、それも問題ないかな」

ヒソカとその妹の再会は、どんな感じだったのだろう。
もしも本物なら、という仮定の話だが、兄と妹という関係以上に二人は殺した者と殺された者。

今のヒソカの様子を見るに、まさか感動の再会というわけでもあるまい。
問題ないというヒソカの言葉から、もう既に捕えてあるのだろうな、と考えた。

「いつなら空いてる?」

「拷問だけならそこまで時間がかからないだろうしね、今日でもいいよ」

「そこにボクも同席させてもらっても?」

「勝手にすれば?どうせお前からしたら妹がいたぶられるのを見るのも一興なんだろ」

別に、これは冗談で言ったわけではなかった。
どういういきさつがあったのかは知らないが、現に自分で手にかけてるくらいなんだ。
こいつの変態性から考えても、妹に対する憐憫の情なんてないに違いない。

だが、案に相違してヒソカは苦笑しただけだった。

「じゃあ、よろしく頼むよ。
今晩、キミん家に連れていく

「わかった」

ヒソカの頼み事は、毎回変なものが多くて困る。
金払いがいいから仕方なく受けることも多かったが、今回のはいつにも増して変な依頼だ。
イルミは特に楽しむわけでもなく、どうやって拷問しようかと今から考えを巡らせた。

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