- ナノ -

■ 35.押し切られた依頼

「ど、どういうことなの…イル?」

すぐには理解できなかったのか、キキョウさんはイルミに問いただす。
けれどもさっき以上の説明が、もう残されているとは思えなかった。

「言ったとおりだよ。オレとアニスは付き合ってない。だけど、仕事を手伝ってもらったりする仲」

「…申し訳ありませんでした、嘘をついて…」

付き合ってない、とはっきりイルミの口から聞いて、本当のことなのに胸が痛む。でも仕事を引き合いに出したのは彼なりのフォローなのだろうと思った。

「そ、そうだったの…」対してキキョウさんは怒るというよりもがっかりしたみたいだった。
普段が元気な人だけに落ち込まれるととても辛い。

「でも、困ったわ、アニスさんに頼みたいことがあったのに」

「え、」「頼みってなに」

「ワタクシ、アニスさんにも早く暗殺に慣れていただこうとお仕事を受けてしまってたのよ。
まぁでも、もともとイルの仕事を手伝ってたんなら心配ないかしら??」

「こ、困ります」

まだまだ話は見えてこないが口ぶりから、ゾル家に来た依頼をアニスにやらせるつもりだったのだろうか。仕事の手伝いと言っても前のは本当にそこにいるだけだったし、何よりもう殺しに慣れる必要性などどこにもないのだ。

「嘘をついていたのは申し訳ありませんが、私はもうイルミさんと」「アニスさん、イルが他人とお仕事するってことだけでも珍しいのよ!今は嘘でも構わないわ、そのうちってこともあるかもしれないじゃない!?」

「それってオレも行くの?」

「そうねぇ、いきなりアニスさん一人は厳しいんじゃないかしら。
まずはお友達…いえ、仕事仲間からでもいいのよ!おほほほほ!」

落ち込んでいたのはどこへやら、また元通りに元気になったキキョウさんにアニスはどう口を挟んでいいかわからない。助けを求めるようにイルミの方を見たが、彼は自分の予定を考えるのに忙しいみたいだった。

「そういうことは早く言ってくれないと困るよ、オレだって暇じゃないし」

「ごめんなさいねぇ、でもたまにはミルに回してもいいんじゃないかしら!?
イルの一大事ですもの!!」

「ん、まぁ…」

まぁ、じゃない。どの辺が一大事なのだ、大変な目に合ってるのはどう考えてもこっちの方なのに。

しかしイルミは何を考えているのかこの依頼を受けるつもりらしい。そうなるとアニスにはもうどうすることもできなかった。





「……本当に、私は何もしなくていいのね?」

「何もしなくて、っていうか出来ないでしょ?母さんもとりあえずこの依頼さえ片付けたらもう何も言ってこないよ」

「……そう、かもしれないけど」

キキョウさんが勝手に受けた依頼は、本当に本当の暗殺依頼。相手は色々と悪い噂の噂の絶えない資産家で、人体収集を趣味にしているような下衆野郎だ。
けれどもいくら相手が最低の奴だって、殺すとなると抵抗があるし技術的にも不安がある。
イルミが付き添いに来てくれなかったら一人ではとてもじゃないが無理だっただろう。
念のため持ってきたろくに使えもしないナイフをしまい、アニスはふぅ、と息を吐いた。

「……助けてくれてありがとう」

「何が?」

「イルミが一緒に説明してくれて、そのうえこの依頼も手伝ってくれるから私生きてるんだと思う」

冷たい人なのか優しい人なのかよくわからないが、こんなことをしてもイルミにメリットがないのは確かなんだ。例え助けてくれた理由が『ヒソカの妹だから』というものであったとしても、世話になっていることは間違いない。

「いいよ、その気になればヒソカに請求すればいいだけだし」

「うん……」

「それよりターゲットだけじゃなくて護衛もいるから、アニスはここで待ってた方がいいんじゃない?」

ここ、とはターゲットの屋敷から少し離れた木の上。イルミの言う通り、アニスが着いていったところで足手まといなだけだろう。

「わかった……気をつけてね」

プロの暗殺者である彼に、そんな言葉は酷く滑稽に聞こえたに違いない。「うん」

けれどもイルミは頷くと、次の瞬間にはもう闇に消えていた。


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