■ 34.単刀直入
「……」
二人きりになったものの、自分が草木を踏みしめる音しかしない。元々イルミは口数の多い方でないから仕方が無いといえば仕方が無いが、アニスだって会話の糸口を見つけられないでいた。
久しぶりだね、と言うにも逃げたのはアニスの方だ。かといって全く関係のない世間話をする気分にもなれない。
第一アニスにとっては、これは死の行進も同然なのだ。
そう考えると、死ぬ前にイルミにまた会えたことは幸せなことなのかもしれなかった。
「ヒソカはこのこと知ってるの?」
「え」ぼんやりとそんな考えに浸っていたら、イルミが唐突に口を開く。でも確かに、二人の共通の会話となると兄のことくらいだ。
「……言ってない」
「そう」
「言っても、止められるだけだし」
誰にともなく言い訳をするように言えば、イルミはそこで振り返る。「な、なに」目を合わせていることが辛くて、思わず視線を逸らした。
「関わるな、って言われたけどそういうこと?」
「……ヒソカがそう言ったの?」
「うん、アニスも会いたくないって」頷いた彼を見て、だからあの日イルミはあんな変な電話を寄越したのかと合点がいった。けれども自分を思ってしてくれた兄の行動を非難することはできない。
「じゃあ……やっぱり今日のこと伝えなくて正解だった」
「ねぇ、オレがもし迎えに来なかったらどうするつもりだったの」
「それは……ゼブロさんからキキョウさんに取り次いでもらうしか……」
「そうじゃなくて、母さんに殺されるかもしれないのにってこと」
「……」
イルミの質問には黙り込むしかなかった。考えなしの行動だといえばそれまでではあるが、やけくそになっていた部分も否めない。そしてそのやけくその原因が目の前に立っている彼なのだから、言えるわけがなかった。
「ま、安心しなよ。オレがいるからには殺させないし」
「…うん」
それって、イルミも一緒にキキョウさんに事情を話してくれると言うことなのだろうか。そうだとしたら、なんでそこまで…やっぱり私がヒソカの妹だから?
面倒だから運んでいい?と聞かれ、彼が私のペースに合わせてくれていたことを知った。「え、ちょっと」とはいえ返事も待たずに訪れた浮遊感にはいくらなんでも動揺する。
「イ、イルミ!」
「黙って。舌噛むよ」
深い意味はないのだろうが、形的にはお姫様抱っこ。こんな状況でもまだ馬鹿みたいにドキドキして、羞恥と混乱で頭の中がぐちゃぐちゃになる。ほんの少し頭を傾けるだけでイルミの胸板はもうそこにあるのだ。
けれどもアニスにはそこに寄り添う勇気がなかった。
自分だけが一人で胸を高鳴らせて、イルミの乱れることない心音を聞くのが怖かったのだ。
※
「まぁまぁまぁ!!よくいらしてくださったわ!
お待ちしておりましたの!!」
流石に屋敷内に入る前に降ろしてもらい、緊張しながらイルミの後に続くと甲高い声。
あまりの歓待ぶりに正直気圧されたが、今日は大事な話が合って来ているのだから気合を入れなおす。
「いえ、突然このような形でお伺いすることになって申し訳ありません」
この人のことだからとっくにアニスが来ていることくらい知っていただろうが、礼儀として一応頭を下げた。
「あら、構いませんのよ!アニスさんとまたお茶が出来るなんて嬉しいですわ!
毒の方はもう大丈夫かしら??」
「え、えっと…」忘れていた。
そうだった、ここでは毒入りが当たり前。これではキキョウさんが怒って手を下すまでもなく、アニスのほうが勝手に自滅してしまいそうだ。
しかしイルミといいキキョウさんといい、ここのおうちの人達は悪気があってしているのではないことが多いので無下にもできない。
「母さん、お茶より先に話があるんだけど」結局、見かねたイルミが会話を遮って本題に入ってくれた。
「まぁ、何かしら??イルったら、お茶しながらでもお話はできるわよ」
「オレとアニスのことだけど、実は恋人って言う話は嘘なんだよね」
「は…?」
玄関から入ってものの数分。単刀直入すぎるとも思ったが、どうせ遅かれ早かれこうなるのだ。
固まったキキョウさんはぎこちない動きでアニスとイルミを見比べ、唇をわなわなと震わせた。
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