■ 32.正反対
会いたくない、か。
改めて聞かれると、それは非常に難しい質問だった。
イルミのことは今でもまだ好きだから、本音を言えば会いたい。あの日告白してしまったことを後悔するくらい、傍にいたい。
けれでもじゃあ実際に今会うとなったら、どんな顔をしていいかわからなかった。
決して叶わないのを知っていて、何事もなかったみたいに彼に微笑みかけられる自信がなかった。
「イルミは……イルミはどうなの?」
わざわざ電話してきてくれたということは、期待していいの?
質問に質問で返すのはルール違反だと思ったが、この際仕方がない。「どうして連絡してきてくれたの?」イルミは─私の好きになったイルミは下らない下心なんかで連絡を取るような人ではなかったはずだ。
「オレ?オレはアニスが何も言わずに急にどこかに行ったことの意味がわからないだけだよ。
母さんも会いたがってるって、前に言ったのに」
「……それだけ、なの?」
「他に何があるの」
「……っ」
感情のこもらない彼の声は、かえって酷く心を抉った。それならせめて少しでも嘲笑が含まれていた方がマシだったかもしれない。
枯れたはずの涙が、思い出したかのように頬を伝った。
「イルミは…イルミは私にまだ恋人のフリをしろって言うの?私がイルミのこと好きなの知ってて、まだそんなことをやらせるの?」
「アニス、泣いてるの?」
「馬鹿にしないで」
「馬鹿になんか」「してるよ!イルミは……残酷だよ」
本当は会いたかった。
だけど悲しくて悔しくてそれでもまだ好きな自分が馬鹿みたいで、ぎゅっと強く目をつぶった。イルミは偽の恋人として私が必要なだけ。それがわかりすぎて辛かった。
「…でも、恋人のフリは私のせいでもあるから、私からきちんとイルミのお母さんに話す」
「何言ってんの、殺されるかもしれないよ」
「いいよ、近いうちにそっちに行く」
「アニス、何怒って「おやすみ」
そこまで言って強引に電話を切った。話せば話すほどに自分がみじめになると思ったからだ。自分では普通に携帯を置いたつもりだったが思いのほか大きな音がしたので、イルミの言うように私は怒っているのかもしれない。
「残酷だよ…」
ベッドに深くもぐりこんだけれど、再び眠れる気がしなかった。
※
電話の向こうの彼女は泣いていた。そして最後はたぶん怒っていた。
表情なんか見なくても、声やその他の言葉からイルミにだってそれくらいはわかる。
けれどもその理由がわからなかった。
「質問してたのはオレなのに」
結局、会いたいのか会いたくないのかわからずじまいだ。もしもアニスがオレを嫌いになって会いたくないというなら、そのことを責めるつもりはない。母さんのことだって面倒だけど、時間が経てばそのうちやり過ごせるはずだ。
だけど……
─私がイルミのことまだ好きなの知ってて、そんなことをやらせるの?
嫌いになったわけじゃないのだ。
それなのにあんな風に泣いて怒って拒絶する。一体何を考えているのか……以前は勝手に家に押しかけてくるくらいだったくせに、知らない間に引越ししたりして本当に好きならなんで避けるのさ。
イルミなら、自分が好きだったら相手に嫌われても疎ましがられても追い続ける。それがいいことか悪いことかはわからないが、好きなんだからそうする。
アニスの『好き』の表し方とイルミの表し方は正反対だった。
「はぁ……とにかく母さんに殺させないようにしなきゃ」
ほとんど無意識のうちに呟いて、口に出してからハッとする。
なんでオレがそこまで気にかけなきゃならないんだろう。もしそれで死んだとしても、全部アニスの自業自得なのに。
イルミは握りしめたままだった携帯をローテーブルの上に置いた。そしてまだ仕事後のシャワーを浴びていないことに気が付いた。
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