■ 31.理解の及ばぬ
会いたくない─なんて言うことはあっても、言われたことはなかった。
母さんにはなんて説明しようかな、と考えを巡らしつつ、イルミは試しの門を軽々と押し開く。親が選んだ相手以外で勝手に押しかけてきたのはアニスが初めてだったが、だからこそ別れたなんて言ったら大騒ぎになるだろう。
母親からしてみれば、息子がようやく自分で選んできた女なのだ。
イルミだってアニスは他の女と違って面倒でなくてよかった。変にベタベタしてくることも無ければ媚を売るようなこともない。それどころかむしろいつだってこちらに気を遣っているようだったし、ワガママだって言わなかった。
だからこそあんな風に告白されるまで、彼女が自分の事を好きだったなんて思いもしなかった。
今まで女に言い寄られたことはいくらでもあるが、その女たちは皆うんざりするほど愛の言葉を口にしていたからだ。
まったく、ヒソカも何を考えているのか分かりにくい奴だけど、アニスが何を考えているかもわからない。
好きだって言ったくせに、今度は会いたくないだなんて。
いくらイルミが突っぱねようと無下に扱おうとしつこいのが、今までの『普通』だった。
だからこそ一度断ったくらいで、アニスが自分を避けると思わなかった。しかもあれは自分にしてはまだ優しい断り方だったと思う。
突然のことで驚いたというのもあったが、元々彼女のことを悪くは思っていなかったのだ。
そうでなければ仕事に連れていったりなんか……。
「お帰りなさいませ、イルミ様」
「あぁ、うん」
考え事をしながらだと、門から家までの距離もあっと言う間。出迎えた執事に適当に返事をしつつ、イルミは自室へと足を進める。
そう言えば家族以外の人間のことでこんなに頭を悩ませたことはなかったな。
母親の気配が近づいてくるのを感じつつ、イルミは部屋のドアを閉めた。
※
pipipipi……
アニスは無機質な電子音によって眠りの淵から意識を取り戻す。
一瞬、何の音かわからなかった。目をあけてもまだ辺りは薄暗く、寝ぼけた頭では思考が追いつかない。
何気なく枕元の時計に目をやれば朝の4時。こんな時間に誰だろうと携帯に手を伸ばせば、そこに表示されているのは見たこともない番号だった。
「……はい、もしもし?」
ヒソカが携帯でも変えたのだろうか。ありえないことではないので、特に疑問も抱かずに電話に出る。「もしもし、オレだけど」けれども聞こえてきた声に、アニスの眠気は一気に吹き飛んだ。
「え……」
「もしもし?聞こえてる?」
「……イルミ?」「そう」
なんでイルミが。思わずまだ寝ぼけているのかと自分で自分の頬をつねる。
しかし当然ながら痛みを感じてこれが現実だとわかると、冷静になるどころかかえって動揺した。
「な、なんで」
「あ、電話番号?それくらい調べようと思えば調べられるし」
「そうじゃなくて、なんで……」
なんで今更、かけてきたの。
諦めようって思ってたのに、声を聞くとまた胸が締め付けられる。フラれたとしても好きなんだ、そう簡単に吹っ切れる訳が無かった。
「何の用……?」暗い室内に響いた声は自分でもわかってしまうくらいに震えていた。困惑とほんの少しの期待と久しぶりに声を聞いた切なさで。
イルミに忘れられていなかったのだと思うと、それだけで少し嬉しかった。
「ねぇ、会いたくないって本当?」
「え?」
けれどもイルミの意図が読めない以上は単純に喜んでなどいられない。
脈絡のない一方的な質問に、アニスは携帯を握り締めたまま瞬きを繰り返す。
「だから、もうアニスはオレに会いたくないって思ってるの?」
その質問はあまりに唐突過ぎて、意味がわからなかった。
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