■ 30.無神経
なんだかんだ言って、本当にお兄ちゃんなんだなぁ、と思った。
もちろんこれはイルミではなく、ヒソカのこと。
アニスは煎れたばかりのコーヒーをすすりながら、何をするわけでもなくぼんやりと考え事をしていた。
あれから─イルミに勢いで告白して振られてから、もう早いもので二週間が経とうとしている。
ヒソカはきっと何があったかくらい気づいているだろうけれど、あえて何も聞いてこないしこうして一人にもしてくれた。
ほとんど一緒に過ごしてこなかったのに、あんなに冷たく当たっていたのに、つくづく甘やかされているなぁと思わざるを得ない。
そしてヒソカが優しければ優しいほど、どうして彼は私を殺そうとしたのだろうと疑問に思った。思い出そうとすれば頭痛がするし、考えても良く分からない。本人に聞くのが一番手っとり早そうだが、今更問い詰めるみたいなことはなんだか気が引ける。
それにヒソカは本当に忙しいみたいで、引越し以来この彼のマンションに来ていなかった。
毎日のように連絡はくれたが、電話でできるような軽い話でもないし……。
アニスはカップをローテーブルに置くと、ごろんとソファーに横になった。
あれからだいぶ泣いたから、もう涙は出ないけれど。
これからどうしたらいいんだろう。いい大人なんだし、いつまでもこんなふうに兄に世話になるのは気が引ける。それにやっぱりどうしてもヒソカと話したりする度にイルミのことを思い出してしまうのだ。
初めは拷問されたくらいだし、そのわりにはやけにあっさりとした態度で変な人だと思っていた。
だけど今まであった男達みたいに下心なんてものが一切感じられないし、いい意味でも悪い意味でもすごく正直な人だった。
そして『気になる』という感情がいつしか『意識する』に変わって、イルミのことをもっと知りたいと思った。
彼は服なんて興味無さそうだったけど、買い物に行ったのも楽しかったな。毒もきつくて死ぬかと思ったけど、ベッドに寝かせてくれたのも嬉しかった。
もしもあの時告白なんてしなかったら、もう少し傍にいられたのかもしれない。
イルミにとって私はただ単に知り合いの妹で、お見合いよけの道具だっただろうけど、それでも好きだった。
あれが初恋だったんだ。そう思うと叶わなくて当たり前のような気がした。
きっともう彼は私のことなんて忘れているかもしれない。
せめて貰った思い出だけは大事にしようとアニスはそっと目を閉じた。
※
「アニスは?そういえば最近見かけないけど」
今までの付き合いでイルミが無神経だということは知っていた。けれどもこんなにまで彼の言葉に苛立ったことは初めてだ。
ヒソカは思わず笑顔を張り付けるのも忘れて、真顔のままイルミの方を振り返った。
「……キミ、自分が何言ってるかわかってるのかい
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?」
「は?」
聞き返したいのはこちらのくらいなのに、イルミは本当にわけがわかっていないみたいだった。でもいくらなんでもアニスとの間にあったことを忘れたわけじゃないだろうし。
ヒソカがどう言うべきかと考えていたら、その短い間にもイルミは焦れてしまったようだった。
「母さんがまた会いたいって言ってるんだよね。最近どうなってるのって、特にうるさくて。
ヒソカならアニスと連絡取れるだろうから、ちょっと言っておいてくれない?」
「何を
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」
「だから、また暇なときでいいからうちに来てって」
「どの面下げて
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?」
「は?何言ってんの?」
イルミはそこで首をかしげたが、ようやくヒソカが怒っていることに気がついたようでもあった。「不快だから殺気飛ばすのやめてくれない?」不快なのはこっちだと思った。
「あのさ……もうアニスに関わるのはやめてくれない
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?フったんだろ
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」
「そうだけど、それとこれとは別。元々恋人だって嘘ついてややこしくしたのはアニスだし、オレがいない間に家を訪ねてきたのもアニスだ」
「そうだとしても、もうアニスはキミに会いたくないと思う
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」
どうせイルミに説明したってわからないだろうし、ここで言い合いをするのも不毛だ。だからこそヒソカはなるべく穏便に言葉を選んだつもりだったが、イルミは会いたくない、の言葉に驚いたようだった。
「アニスがそう言ったの?もう会いたくないって」
「この話は終わりだ、イルミ
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」
沈黙は肯定を表すとも言うが、話を打ち切ることもそれに近い意味合いを持つ。アニスは決してはっきりそう言ったわけではなかったが、もう彼女に関わって欲しくないという思いがヒソカにこんな態度を取らせた。
「じゃ、また仕事があったら呼んでね
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」
それは、裏を返せば仕事以外では呼ぶなということ。
ヒソカがそんなことを言うのは初めてで、イルミは珍しく怪訝そうな顔をしていた。
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