■ 25.綺麗な人
とはいえ、結局半日程度でダンスが仕上がるはずもなかった。
休憩を挟みつつひたすら練習していたら、あと1時間くらいで迎えに行くから、との連絡。そこからはさらに現場は混乱を極め、着替えや化粧やらをものすごいスピードでこなさなければならなかった。
「すごい!ホントに器用ね、助かった」
「器用なのは元からだよ
」
「伊達にメイクして無かったんだ」
本当に一人だったら酷い有様だったろう。ヒソカのおかげで鏡に映る自分の姿は、芸能人みたいに見栄えがする。くるりと器用に巻かれてアップにされた髪型は、自分の手では二度と再現できなさそうだった。
「うん、とっても似合ってる
」
「‥‥ありがと」
深い緑色のドレスは一応イルミが選んでくれたもの。だから貶されはしないと思うが私のこの格好を見てどんな反応を示してくれるだろう。
仕事だってことはわかっているが、こんなに着飾ってイルミとパーティに行けるのだと思うと緊張半分嬉しさ半分。
化粧をしているから気合を入れるのに軽く頬を叩くこともできないが。
「もしも失敗したらどうしよう…ダンスとか中途半端なままだし」
「ダンス?」
さっきまで練習してたじゃない、と声のする方をむけば兄ではない。びっくりして声をあげそうになったが、イルミのすらりとしたスーツ姿に言葉が出なかった。
「舞踏会じゃないけど?」
「え…あ…」
「何?もしかして練習してた?」
頷くのも恥ずかしいのでとりあえず横目でヒソカを睨みつけるが、肩をすくめる兄には全く悪びれる様子がない。
それにしてもいつにもましてイルミがかっこいいのだ。動作の一つ一つが優雅過ぎて直視するのも恥ずかしかった。
「アニスはとりあえずいてくれるだけでいいから」
「う、うん」
「準備できたみたいだしもう行こう」
いてくれるだけでいい、の言葉にすでに爆発しそうだ。おそらく他意はないのだろうけれどあんなこと言われて意識しないわけがない。真っ赤になった顔を見られないように俯いて彼の後を追いかけた。
「うーん、心配だしボクも行こうかなぁ
」
「来るな」「来なくていいよ」
見事にイルミとハモったせいでヒソカは渋い顔をしていた。
※
会場に着くと、そのあまりの煌びやかさに私は気圧されてしまった。
女性同伴ということでその大半が恋人や奥様。怪しまれないように軽く腕を組むことになったのだが、イルミに触れている部分が熱を持ったように熱い。
やっぱり今日来ている客を見渡しても、イルミが一番かっこよかった。下手すると女性を含めても一番綺麗かもしれない。
そしてそんなイルミのターゲットはというと、このパーティーに出席しているとある貿易会社の会長だった。
「アニス、目立たないようにゆっくり絶して」
「どうやって殺るつもりなの?」
「ターゲットが女と部屋にしけ込む時を狙う」
「それって不確定要素じゃないの?」
いくらなんでも男が皆がそんな下半身だけの野郎とは思いたくない。特にこうやって恋をしている時にそんな残酷な現実は不要だ。
だがイルミは首をかしげてこちらを見た。「不確定なら確定にすればいいだけでしょ」
「えっ‥‥それはどういう‥‥」
「まぁ、放っておいても大丈夫だと思うけど、駄目ならアニスが誘惑してくればいいんじゃない?」
「‥‥本気で言ってる?」
「こんな時に冗談言っても仕方ないだろ」
イルミはターゲットの動向を確認しつつ、固まってしまっている私にため息をついた。「ハニートラップの経験あるんだし大丈夫でしょ」私はとにかくイルミのため息に弱かったし、なにせ前に一度嘘をついたという罪悪感もある。
加えてこの天然タラシの一言は非常に良く効いた。
「今のアニスなら綺麗だし簡単に落とせるよ」
「‥‥う、うん。わかった‥‥」
今の、という限定は多少引っかかったが。
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