■ 22.見えない本心
「イルミ、起きてるんだろ
」
妙に姿勢よくソファーに収まる長い手足。
声をかけても返事どころか反応すらしなかったけれど、他人がこんなに近くにいる状況でイルミが深い眠りに落ちることはない。
だいたい彼はさっき帰ってきたばかりだった。
一応床に敷かれたタオルケットの上に胡座をかいて彼の横顔を見つめる。多少寝なくても平気なのはこちらも同じだ。それよりもせっかくの機会だからイルミが何を考えているのか探りを入れたい。
「おやおや、無視かい
?」
酷いなぁ、といつもの調子で呟いた。別に無視されることは初めてではないのに、自分の呟きが妙に空虚に聞こえた。
あの後結局あんなに心停止したら、とか脅していたくせに、ヒソカがいるなら大丈夫だよねと仕事に行ったイルミ。
だから泊まるなんて言ってたのはタチの悪い冗談で、そのまま家に帰るのかと思っていたら意外にもちゃんとここに戻ってきた。
彼は一体何を考えてるんだろう。
帰ってからも、リビングにボクだけがいる状況に疑問を抱く様子はなく、そのままソファーに横になる。熱を出したアニスはボクがベッドに運んでおいたのだった。
「イルミ、寝たフリだってことは」「うるさい」
くるり、と寝返りを打ち─いや、この場合彼は寝ていないのだが─背を向けたイルミは無防備に見えて隙がない。さらり、と長い髪がソファーから流れて、床についてしまいそうだった。
「……イルミはさ、アニスのことどう思ってるんだい
?」
けれども、背を向けられたくらいのことでめげるような性格でもない。うるさいと言われても構わずに話しかけると、答えない限りしつこくされるとようやくわかったのか深い溜息が聞こえてきた。
「お前の妹」
「それだけかい
?」
「…家族の前では恋人役」
「他には
?」
「ヒソカしつこい、一体オレになんて答えて欲しいの」
イルミの頭が持ち上がって、こちらを振り向く。底の無いような黒い瞳からは何も読み取れず、あれ、と思う。無表情でも、イルミは結構わかりやすいはずだったのに。
「どうって…
」先に質問をしたのは自分だったが、こうやって改めて質問を返されるとそれらしい答えが見つからない。「……どうだろうね
」
ボクはイルミがなんて答えてくれたら納得するんだろう。
アニスがイルミに対して好意を抱いているのは第三者から見て明白すぎるほどに明白だった。そりゃイルミは申し分無いくらい強いし、金もあるしスペックだけならアニスを任せるに足る人物だ。
だけど、彼の人柄かボクの下らない執着かあまり応援する気にもなれない。かといってイルミがアニスの想いを蔑ろにするようではそれはそれで腹が立つ。心情的にも立場的にも八方塞がりだった。
「……はぁ、ヒソカわけわかんない」
結局、黙ってしまったヒソカに次話しかけたら刺すよ、と言った彼はまた仰向けになり目を閉じる。「見るな」話しかけなくても針が飛んできそうだったので、仕方なく自分も横になった。そんなに嫌なら、帰ればいいのに。寝なきゃいいのに。
「……恋バナしようか
」
せめてイルミの過去の遍歴でも聞き出してやろうかな、と思ったら容赦なく針が飛んできたので、ごろりと転がって回避する。「死にたいの?」
「ごめんってばぁ
」
仕方なくそのまま起き上がったボクはアニスの様子を見に寝室へと向かった。
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