- ナノ -

■ 18.楽しい食事

「さあ、遠慮せずにどんどん召し上がってくださいねぇ!!」

「あ、ありがとうございます…」

たぶん、これは嫌がらせではないんだと思う。
案内されて席に着けば、見たこともないような豪華な食事。
食器類は言わずもがなで高級そうだし、料理の見た目も美しく、立ち上る香りも食欲をそそる。
だがしかし、これら全てに一般人ならば命にかかわるような猛毒が入っていて、生憎私はその一般人なのだからどうしようもない。

ちらりと周りを見れば庭で私を置き去りにしたカルトもいて、こちらを見るなり露骨に睨んできた。

「大丈夫よ、アニスさんの毒はごく微量にしてもらっているから!
少しずつ慣れていけば問題ないわ!!」

依然私が躊躇っているとそう言われて、仕方なくスープを少しすくって口元に近づける。匂いに特に変なところはない。
まだ先ほどの紅茶の毒が抜けきったわけではなかったが、意を決して飲んでみた。

「…」

口を付けたことにより、自然イルミの兄弟たちの視線が集まる。触れるなり舌がぴりりと痺れて味もろくにわからなかったが、とりあえずぶっ倒れなくて済みそうだ。
ちなみにキキョウさんは私が食事を食べたことにより、さらに機嫌をよくしたみたいだった。

「私も最初は大変だったわぁ!でもやっぱり好きな人のためなら頑張れるわよね!」

「っ!?」

「この際だから聞いちゃおうかしらね!ふふふ、アニスさんは、イルミのどこが好きなのかしら?」

「ごほっ!!げほっ!!」盛大にむせた。

もはやマナーもへったくれもあったものではないが、幸いキキョウさんに気にした様子はないし、それよりも今この質問をどう処理するかの方が重要である。
イルミのどこが好きかなんて、むしろこっちが聞きたいくらいなのに。

「……え、えっと、なんだかんだ優しいところですかね」

とりあえず当り障りのなさそうなところから攻めてみたが、途端に兄弟達から疑念の声が上がった。
「ぶっ!兄貴が!?」本人そこにいるのにお構いなしみたい。

嘘だろ、とどこか引いたような反応をされて、流石にこれは言い過ぎたか、と後悔した。
最近はぶっ飛んだことばっかり起こってて、優しさの基準すらもう曖昧だよ。ダメ元でイルミに視線で助けを求めてみたが、自然にスルーされた。やっぱ優しくないかもしれない。

けれどもキキョウさんはすんなり私の理由を受け止めると、上品に口元に手を当てて笑った。

「まぁまぁ、確かにイルミはお兄ちゃんだものねぇ!面倒見がいいし、優しい子だわぁあ!」

「…え、はい、そうなんです」

なんとか窮地は切り抜けたか。不審そうにこちらを見てくる弟たちはさておき、私は愛想笑いで内心胸を撫で下ろす。
しかし次のキキョウさんの質問に、何も飲んでいないのにまたもやむせそうになってしまった。

「じゃあイルミはどうなのかしら??
アニスさんのどんなところが好きなの?」


固まる私と相変わらず無表情なイルミ。
なんて答えるんだろう。
もちろん恋人のフリだってことはイルミだって承知してるし、下手なことは言わないと信じたい。

けれども期せずして想い人から自分の評価を聞くことになってしまって、アニスは傍目にもわかるほど動揺していた。
身体が熱くなって心臓がドキドキするのは、たぶん食事に入っていた毒のせいなんかじゃない。

突然の質問にもさして驚かなかったイルミは、食事の手を止めると首を傾げた。

「うーん、顔?」

「……」

「兄貴……それマジだとしても言わない方が」

「じゃあ体?」

「家族の前でやめてくれ」

どうやら期待した私が馬鹿だったみたい。
体って、あんたは私の何を知ってるのよ。なんだかイルミの判断基準が垣間見えちゃったみたいで最悪。
息子の爆弾発言にも一切引かず、嬉しそうにしているキキョウさんはかなりいい人なんだと思う。

「だって、それ以外どうやって判断するわけ?」

「イルが気に入ったのなら、それが一番だわぁ!」

「……」

なんだか面白くなくて、私はやけくそになって食事を次々口に運んだ。


[ prev / next ]