■ 13.待ち伏せて窮地
「今日もいない…」
深夜から明け方にかけて試しの門のあたりをうろつくのは、おそらくゾルデック狙いのブラックリストハンターかアニスくらいのものだろう。
散歩と称してこの付近を徘徊することはや二週間。さすが伝説と言われることだけあって、家はわかっているのに家人を見かけることがない。
一週間を過ぎたあたりから門番のおじさんに怪しまれだしたが、イルミの名前を出すとさらに怪訝な表情になった。
「イルミ様にねぇ…いや、本当なら喜ばしいことなんだけど」
聞けば、こうしてあの屋敷の知り合いが訪ねてくることは滅多にないらしい。
不本意ながらピエロのことを聞いてみると、兄は何度か見かけたことがあるようだった。
「悪いね、いくら知り合いだと言われても勝手にお通しすることはできないんだ。
自分で入ってもらう分には別なんだけど」
「いえ、別に入りたいわけじゃないんです」
むしろこの前は出られなくなってひどい目に合ったし。
「え、じゃあどういったご用件で」
「えっとその…ちょっと顔を見に。元気かなーって、あはは」
「はぁ…」
そりゃそんな反応になるだろう。プロの暗殺者に元気も何も…しかもあのイルミが弱っているところなんて想像できない。
本当の理由は彼の姿を見るためだった。ちなみに乙女な意味ではなく、仕事帰りの血に濡れた彼の姿を見るため。
結局アニスは暗殺者としてのイルミを見たことがないのだ。いくら拷問されたとはいえ痛めつけられたわけでもないし、まだ実感として彼が怖い人物であると思えていない。
だからもしかしたら返り血を浴びた彼の姿なんて見た日には、この気持ちも一気に冷めてしまうかもしれない。
アニスはイルミのことをもっと知り、自分を試すためにこんなストーカーまがいのことを続けていたのだった。
「しかしそれにしても誰も来ませんね。ここのおうちの方はこの門を使わないんですか?」
「いいえ、お使いになりますよ。たまたまタイミングの問題でしょうね」
「そうですか…」
前にここから出るときに一度だけイルミが門を開けるのを見たが、ただの家の出入りにいちいちこんな門を開けなければならないなんて面倒で仕方ない。
でもここの奥さんになるなら、このくらい開けられなきゃって…
「な、何考えてるの私は!?」
お、お、奥さんなんてそんな馬鹿な!!「…何なの、突然」
不意に声をかけられドキリとして振り返れば、そこにいたのは着物姿のおかっぱ頭の子。
猫のような瞳に警戒心を浮かべて、こちらを伺うようにして見つめている。
アニスが急に声をあげたからか、少し引いているようにも見えた。
「えっと、あなた確か…」
イルミのお母さんの後ろに、ずっとくっついてた子。イルミの妹だっけ。
やっと会えた家人に、門番のおじさんは畏まって頭を下げた。
「カルト様、おかえりなさいませ」
「うん。で、こいつどうしたの?」
「はい、イルミ様にご用事があるらしくて…」
イルミ、と言う言葉にカルトの目がきゅ、と釣り上がる。快く思われていないことは明白だった。
「兄様に、ご用事ね。
……入らないの?」
「え、いや……」
入らないも何も入れないし、別に入りたくもない。
けれどもじゃあここで何をしてるんだ、と言われるとストーカーです、なんて言えるわけもなく…。
「何してるの?まさか開けられないの?
それでも兄様の恋人?」
「あ、開けられるわよ。
あなたこそ私に開けさせようとして、実は入れないんじゃないの?」
「は?」
あ。今の反応、すっごくイルミに似てた。
けれどもそんな馬鹿なことを考えてときめいてる場合じゃない。
目の前のカルトは私の挑発に、間違いなくイラついたようだった。
「馬鹿なの?僕はここに住んでるんだよ?開けられなくてどうするの」
「口だけでは何とでも言えるもの」
「……」
はい、まさしく口だけで言っております。こんな子供に対して大人げないかな、とは思えども、ここでイルミの『恋人』ということまで疑われては彼に迷惑がかかる。
何せ、彼は1回親兄弟に嘘をついたことになってるのだから。
「…じゃあ、いいよ」「へ?」
「ここは僕が開けてあげる」
だが、意外にもそう言ってカルトはあっさり門に手をついた。
一体その細腕のどこにそんな力があるのかと思うくらい重そうな音がして、一番小さな扉が開いた。
「お、お…」
「ほら、何してるの。早く行くよ」
「えっ」
「兄様にご用事があるんでしょう?」
「あ……いや、それは……」
早く。と扉を開いたまま言われ、断ることもできずにそこを通り抜ける。
どうしよう。また入っちゃった。こんなはずじゃなかったのに。
「どう?僕でも開けられたでしょ」
「さ、流石ね」
「じゃ。本当に兄様の恋人なら、せいぜい死ななようにね。
この庭、結構危ないから」
にやり、と口元を意地悪く歪めて。
「ええっ!?」
言うなりカルトはぱっ、と消えた。
たぶん、走っていったんだろうけど一瞬で見失う。
一人になるとアニスは、生い茂る植物とどこからか聞こえる獣の鳴き声に、恐る恐る辺りを見回した。
「ど、どうしよ……」
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