■ 9.兄妹の取引
「…つまり、咄嗟に嘘をついたら、イルミが庇ってくれたってコト
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?」
「…まぁ、そんな感じ」
こうなった経緯を話すには、もちろん自分がいい歳をして迷子になったことを話さなければならず、アニスは恥ずかしさから余計に機嫌が悪くなった。
「どうせならもっとマシな嘘つきなよ
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」
「結果オーライだからいいでしょ」
「…じゃあ聞くけど、恋人だからパドキアに住むことにしたのかい
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?」
「は!?」
どこから話がそうなる。
だいたい、恋人というのは単なる嘘だ。イルミの家族には誤解させてしまった節はあるが、あれだって次に聞かれた時に別れたと言えばいいだけのこと。
それなのに、ヒソカの言葉に赤面してしまった自分がいた。
「…アニスまさかキミ……イルミに惚れたんじゃないだろうね
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?」
「な、何言ってんの馬鹿じゃないの?」
「ふーん
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」
ヒソカはニヤニヤするわけでもなく、一瞬複雑そうな顔をした。
そして少し考え込んだ後、窓の外へ視線をやる。
「イルミは手強いよ。まず、会うだけでも普通じゃ会えないからね
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」
「別に会いたくてここに住んだわけじゃ……」
「でもボクなら友達だから会える
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飲みに行くこともあるし、『妹の』アニスならそこに一緒に連れて行ってやってもいい
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」
「何が言いたいの……?」
本当は薄々わかっていた。
自分がイルミに心を惹かれ始めていることも、そしてその恋はきっと叶わないことも。
だって相手はあのゾルディック家の長男だ。女なんてそれこそ選び放題だろうし、きちんとした家柄のきちんとしたお嬢さんを貰うに決まってる。
昨日のことから見てもわかるように、アニスのことなんて歯牙にもかけないに違いなかった。
だけど、それでも…
ヒソカを介してなら少し近づけるんじゃないだろうか。
異性として他人が気になったのは初めての経験だった。そしてその相手は自分を拷問した相手だというのだからわけがわからない。
私は彼のどこが好きなんだろう。もしかして恋に恋してるだけ?
せめて理由だけは知りたいと思った。想い続けるにも諦めるにも、まだ彼のことをよく知らなかったから。
「簡単さ、ボクがイルミと会えるように取り計らってあげる
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その代わり、ボクのことを兄と認めて、『お兄ちゃん』って呼んでおくれ
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」
「……」
「無理にとは言わないよ
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だけど、イルミもそろそろ見合いをたくさん勧められてる、って言ってたしね
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悠長にはしてられないかも
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」
本当に、このピエロは何がしたいんだか。
でもアニスは今まで生きていく中で、利用できるものは全部利用してきた。
兄と認めるのは癪だが間違いでもないし、今回も利用するだけと思えばいいかもしれない。
そう、これは取引だ。
アニスは深い溜息をついた後、ようやく覚悟を決めて口を開いた。
※
ヒソカは妹が溜息をついたのを見て、ああこの交渉は成立したな、と予感した。
そして案の定、彼女は渋々と言った表情で頷いた。
「…ちゃんと協力してくれる?」
「もちろんだよ
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」
実際、ヒソカが彼女とイルミを会わせるのはそう難しいことではない。けれどもイルミがアニスを気に入るかまではヒソカにはどうしようもないことだ。
だいたいなんでイルミなんか……。
関わるな、と念までかけたくせにイルミのためにならボクと関わるのか。
今後どうやってアニスに絡もうかと画策していたヒソカにとってはラッキーだといえばラッキーだけれど、イルミに気があるかもしれないなんて面白くない。
イルミは確かに強いけれど、性格に関してはボクと同等かそれ以上に変わっているし、第一アニスは拷問までされたじゃないか。そんな男のどこがいいんだか。
ヒソカはその依頼をしたのが自分だということを棚に上げて、忌々しく思った。
「ちなみに聞くけど、アニスはイルミのどこが好きなんだい
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?」
「ど、どこって、わかんない……わかんないから会わせてよ。それも確かめたい」
「そうなんだ
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?」
それならまだマシか。見た目だけはいいけどイルミと実際に絡んでみると、嫌なところが目に付くかもしれない。いや、そうに決まってる。イルミは横暴だし非常識だし、なにより女性に優しくない。
こんな『恋人』という単語一つで赤面するような乙女の幻想を打ち砕くのには、打って付け過ぎるくらいの男だ。
ヒソカはかなり失礼なことを考えつつも、ひとまずそれで納得する。アニスにはイルミの悪いところを見せて、逆にお兄ちゃんの好感度を上げよう。お兄ちゃんの方がいい男だと気づいてもらおう。
そうだ、それがいいと思わず口が緩んだ。
「何ニヤニヤしてるの、気持ち悪い」
「ん〜
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作戦を考えていたんだよ
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」
「作戦?友達なんでしょ?」
簡単にそうは言ってくれるけれど、イルミは基本的に仕事人間だし。
適当な依頼の口実を考えないと、仕事でなければイルミは構ってくれない。
けれどもここで無理だというわけにもいかなかった。取引において弱みを見せれば、それだけこちらが不利になる。
「イルミは忙しいからねぇ
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依頼の形なら確実に会えると思うんだけど。
アニス、誰か死んで欲しい相手とかいるかい?」
「クソ兄貴」
「……約束が違うじゃないか
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」
『お兄ちゃん』呼びはどうした。だいたいそんな言葉遣い、お兄ちゃん許さないよ。そして殺して欲しい相手がボクって、あんまりじゃないか。
けれどもアニスは顔色一つ変えずにしれっと言い放った。
「『お兄ちゃん』呼びは言わば報酬みたいなものでしょ。出来高によって呼び方は変わって当たり前。今はまだ何の成果もあげてないんだから、クソ兄貴で十分じゃん。まだ兄貴ってついてるだけ感謝して欲しいぐらい」
「…わかったよ
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」
我が妹ながら手厳しいな。
理屈っぽさに関しては、さすが操作系というところか。
ヒソカは携帯を取り出し、本日何回目かになるイルミの番号を選んだ。
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