■ 8.出たな、シスコン
「引っ越し完了っと」
アニスはようやく─と言ってもともと大した荷物は持っていないのだが─引っ越しを済ませると、ふうと一息ついてソファーに腰かけた。
改めて部屋を見渡すととても広い。一戸建てだし、殺風景だからというのもあるが、一人暮らしにはちょっと贅沢すぎるくらいの広さだ。
「しかもこれで普通より家賃安いなんて逆に申し訳ないよね」
この家、実はゾルディック家の門まで徒歩30分。
と言えば遠く感じるけれども、あの家の敷地は馬鹿でかいから、お隣さんがお隣という距離じゃない。
それでもやっぱりゾルディック狙いのブラックリストハンターやらその他の変な輩がよく通りかかるらしくて、なかなか買い手がつかなかったそうだ。
アニスだってそれらの奴らが怖くないと言えば嘘になるのだが、まぁなんとかなるさと鷹を括っていた。
「探したよ、アニス
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」
完全に一人だと思って油断していたら、不意にかけられる声。
ドキリとして振り返れば、庭に人影があった。
「…早速か」
全然気づかなかった。本当に大丈夫かな、私。
それにしても一体どこから探し当てたのか。アニスは厳しい表情になると、カーテンを勢い良く開けた。
「アニス、家なんか買ってどうするんだい
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?」
こちらの名前を知っていることと、胡散臭い口調から兄だとはわかっていた。ガラス戸を開けて、帰ってとだけ伝えると、ヒソカの手が素早く戸を押さえる。思わず舌打ちしそうになった。
「買ったわけじゃない、借りたの。一時的に住むだけよ」
「どうしてここに
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?」
「関係ないでしょ。気まぐれよ」
「嘘だね、アニスはボクと違って気まぐれで行動したりしない
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」
人の事であるのに断言したヒソカは、そのまま無理矢理中に入ってくる。
あまりの図々しさに怒る気にもなれなかった。こいつこそ、一体何が狙いなの。
どれだけ思い出そうとしてもアニスはヒソカと過ごした日々を思い出せなかった。唯一、残っているのは両親の死と殺された、と思った最後の瞬間だけで、なぜ彼が私を殺そうとしたかも知らなかった。どうせろくな理由じゃないのだろうが。
「そっちこそ、今更なんなの」
だから、恨もうにも恨むほどの強い思い入れがない。向こうから声をかけてきた時は、次のカモかなくらいにしか思ってなかったし、兄だと言われた時もすぐに信じられなかった。
でも兄が私を殺そうとしたのを知っているのは兄と私だけ。今まで誰にも言ったことがなかった。
両親の死は世間的には単なる強盗の犯行だとして片付けられたからだ。
「今更だなんて、酷いなぁ
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ボク達は唯一の兄妹じゃないか
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」
「似合わないよ、その台詞」
「…ま、それはさておき、イルミと何かあったのかい
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?」
探るような鋭い視線と、『イルミ』という単語に思わずドキリとする。
何もなかった、だからこんなに動揺する必要はない。それにたとえ何があったって、この男にはもう関係ないじゃないか。
恨んではいないと言ったが、強いていうなら殺されかけたことよりも、一人にされたことの方が辛かった。だからもう出来れば関わって欲しくない。今更兄なんていらない。どうせまたそのうちにどこかへ行ってしまうのなら、初めからいない方がマシだった。
「…何もないわよ」
「昨日泊まったんだろう
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?」
「だ、だからって何もない!」
邪推だ。
でも昨日自分も似たようなことを考えたから人のことは言えない。兄と同じ発想をした自分が恥ずかしくて赤くなれば、ヒソカは強ばった表情になり携帯を取り出す。
「もしもし、ボクだけど
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」
「‥‥今度は何?」
電話口から聞こえてきた抑揚のない声に、大きく心臓が跳ねる。どうして電話をかけるの?
だが、そう思ったのはアニスだけではなかったらしく、イルミは盛大にため息をついた。
「キミさ、やっぱりアニスに何かしただろう
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?」
「…は?何言ってんの馬鹿じゃないの?
あ、もしかして恋人だって言ったアレのこと?」
「恋人?待って、ボクそんなこと聞いてないよ
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」
「言ってなかったからね。
面倒くさいから聞きたかったら妹に聞けば?
どうせヒソカのことだからもう見つけたんだろ」
じゃ、オレは忙しいから。
そう言って、一方的に電話が切られる。まぁ、無理もない。彼はこれから仕事なのだと言っていたし。
携帯を握り締めたヒソカはゼンマイ次掛けの人形みたいに、こちらにゆっくりと視線を向けた。
「アニス、もちろん説明してくれるんだろうねぇ
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?」
「……」
私に説明責任があるとは思えない。
けれども説明をせずに彼が帰ってくれるとは到底思えず、アニスは仕方なくこうなった経緯を話すことにした。
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