■ 3.どっちが口説いているのやら
月が綺麗ですね作戦に失敗したオレは、もちろん後日クロロに苦情を言いに行った。
案の定伝わらなかったよ、と非難すれば、奴はしれっと涼しい顔で「だろうな」と頷く。
「だろうな、ってどういうこと。オレをからかったの?」
「いや、そういうわけではないが、お前の言い方に問題がありそうだと思ったんでな。
あまりに淡々と言うから、世間話となんら変わらなくなってしまうんだ」
「そもそも月の話すらしたことないんだけど」
再びだろうな、と言ったクロロがとても憎い。そこまでわかってたんならそんな変な言葉教えるなよ。というか、普段月のことなんて話さないんだからトレアも察しろよ。
次第に不機嫌になるオレに、クロロはわかったわかったと両手をこちらに向けた。
「じゃあ、これならどうだ?同じくジャポン人の文豪なんだが」「もうジャポンはいいよ」
「まぁ、そう言うな。あの国民の文学は奥ゆかしさの宝庫だからな。
それに今度はお前にも理解できると思う」
「…なに?」
クロロから次の言葉を聞いたオレは、なるほど、と呟いていた。
これならわかる。『愛してる』の訳には少し変だけれど、どのくらい愛しているのかは伝わるはずだ。
「わかった、やってみる」
今度こそトレアは照れてくれるかな。
※
「ねぇ、トレア」
「なに」
「暗殺の基本って、何かわかる?」
「どうしたの突然」
よし、興味を持ったのかトレアがこっちを向いた。
最近学習したのだが、トレアは甘い会話よりもこういった他愛のない会話の方を好む。とはいえ、世間一般からすれば暗殺なんて他愛ないどころの話ではないのだが、暇さえあればスプラッターばかり見ている彼女は世間とズレているに違いないので構わない。
オレは早くも手を出したいのを我慢して、いたって真面目な顔で話を続けた。
「身体能力、冷静さ、そして手際の良さ。この辺ならきっと誰だって思いつくと思う。
だけどね、一番大事なのは引き際の判断力。つまり、死なないことなんだよ」
「へぇ」
「暗殺はあくまで仕事。そこに感情は差し挟まない。
時には無茶をして危険な目に合うより、一旦引いてチャンスをうかがうことも大事なんだ。死んだら元も子もないからね。
でもこれが実は一番難しい。長く暗殺を続ける中では他人を殺し続けるよりも、自分が生き続けることのほうがよほど難しいんだ」
「なるほど…」
あぁ、久しぶりに彼女がちゃんと話を聞いてくれている。近くで見るとまつ毛長いな。
好きだってどうして言っちゃ駄目なんだろう。
「イルミ?」
「あ、うん。それでなんだけど」
違う。今はあのセリフを言わなきゃ。
彼女を眺めるのはそれからでも遅くない。オレはさりげなく彼女の腰に手を回した。
「暗殺に危険がつきものなのは承知なんだけど、それでも死ぬのは結構な御法度なわけ。
イマドキ死体からでも結構な情報取られるしね。
…でも、トレアのためだったらオレ、死んでもいいって思うよ」
「…」
どうだろ?これなら伝わったかな。
彼女の目がゆっくりと見開かれる。きっと、次はその目がきゅ、と細くなって、オレの好きなあの照れくさそうな笑顔が見られるはずだ。
「…何言ってんの」
「え?」
だけど、オレの予想に反して彼女は笑わなかった。
その代わりといってはなんだけど、怒ったオーラがぶわりと広がり目が吊り上がる。
「私は、私のためにイルミに死んで欲しいと思ったことはないよ。イルミが死ぬなんて嫌。できれば、一秒でもいいから私より長く生きてほしい。
だから、そんな馬鹿なこと二度と言わないで」
「トレア…」
待って、なんかオレの胸が苦しい。オレが口説いてたはずなんだけどおかしいな。
「そんなにオレのこと想っててくれたんだ?」
「やめて、蹴るよ」「照れなくていいのに」
そのまま嬉しくて彼女を押し倒そうとしたら、かなり本気で鳩尾を蹴られた。酷い。
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