■ 2.情感だけで空回り
「と、言うわけだから。何か案出して」
彼女は直接的な表現は嫌だと言った。
となると今度は遠まわしに言ってみるしかない。
けれどもオレは何度も言うように物事をとかくはっきり言うタチなので、一体どの程度ぼやかせばいいのかわからなかった。
「なぜオレに聞く」
「だって、クロロっていっつもわけわからないこと言うし」
自分の身の回りでやたら文学的な奴と言えば、生憎一人しか思い浮かばない。いささか厨二病の気があるのが不安要素だが、読書量は尋常ではないしそれ相応のボキャブラリーや感性も持っているだろう。
まぁ、トレアには自分で考えろと言われたのであくまで参考にするだけ。そう、参考程度に。
「あんまりキザなのはやめてね。それじゃ全然婉曲じゃないから」
「…お前も面倒なことに付き合っているな」
クロロは溜息をつくと読んでいた本をぱたりと閉じる。なんでこのタイミングで猟奇的なやつ読んでるの。オレの周りはそんなのばっかりなの?
もちろん、恋愛ものを読まれていたらいたで気持ち悪いのだが、今だけは心強い。
顎に手をやってふむ、と考え込んだクロロは、やがて知っているか?と聞いた。
「月が綺麗ですね」
「は?」
「愛している、という意味だ。素敵だろう?」
なぜか余裕の笑みを浮かべ始めたオールバックに、早速自分の世界に入っているのかと面食らう。
だが、クロロはちゃんとオレと会話しているつもりらしく、その言葉について語り始めた。
「ジャポンの文豪の表現だ。異国の読み物で『愛している』というフレーズが出たとき、彼はそれを『月が綺麗ですね』と訳した」
「うん」
「だからこれだよ」
「うん?」
全く話が見えてこない。愛しているを一体どう訳したら月が綺麗ですねになるのか。
ただ、酷く遠まわしなことは間違いないけれど。
「意味がわからない」
「文学なんてそんなものさ」
「え、じゃあクロロっていつも意味も分からず小難しい本読んでるの?」
とんでもない似非じゃないか。正直引いた。
あ、もしかして難しい本読んでる俺かっこいい!というやつなのだろうか。
だがオレの言葉にクロロは呆れたように溜息をついただけだった。
「そうじゃない。一見してわからないのが文学で、それを味わうのが楽しいんだ。
情感たっぷりだろう?はっきりと愛していると言わないその奥ゆかしさが、ジャポン人らしいと思わないか」
「でもオレ、ジャポン人じゃないよ」
「…ま、お前には一生理解できないと思うがな」
それっきり、クロロはまた自分の読書に戻ってしまう。
はっきり言って参考にもならなかったが、まぁ何もしないよりはいいだろう。
今晩は丁度晴れそうだし、トレアに会いに行こう。
そしてさりげなくこの台詞を使ってみよう。
彼女ならこの言葉の意味が分かるんだろうか…。
「ねぇ、トレア。月が綺麗だね」
彼女をベランダに連れ出して、空を仰ぎ見る。
おまけに今日は満月で、口説くにはおあつらえ向きだ。
オレは彼女がなんて言うだろうとドキドキしながら、顔を覗き込んだ。
「そう?いつもと同じじゃない?」
クロロの馬鹿野郎。
こんなので伝わったらエスパーだよ。
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