- ナノ -

■ 6.心刺し

エレナくらいになれば、はっきり言って金に物を言わせてデビューしてしまうのは容易かった。
もともとイルミと結婚する前から暗殺の仕事はしていたし、そこそこお金も持っている。

だけどそれでは意味がないのだ。自分の実力で歌手になってこその夢の成就である。

というわけでエレナは現在オーディション会場へと向かっていた。
前々から綿密に立てた計画。
色々と経歴を誤魔化しつつも第一次の書類選考を通過したと聞いたときは本当に嬉しかった。

そして今日は面接といよいよ人前で歌を披露するのだ。
課題曲はもうしっかりと練習してある。あの屋敷は無駄に広いから、大声で歌っても近所迷惑にはならないしその点は非常にありがたかった。



「ふぅー緊張するなぁ」

暗殺の時ですらもっと落ち着いているのに。
会場に近づくにつれて、続々と集まってくるあるゆる年代の男女。
やはり10代後半から20代にかけてが最も多そうだが、これが皆ライバルというわけだ。
同世代にこんなに囲まれることなんてなかったので、思わずちょっと尻込みしてしてしまう。
だが早くしないとそれこそイルミに捕まってしまうかもしれない。
デビューして名前と顔が世間に知れ渡ったら、流石にもう彼も諦めるだろうが。

エレナは自分の明るい未来を想像してニンマリと微笑んだ。






エレナが自分から家に帰ってきたくなる理由。
もしそんなものがあるとすれば、それは恐らく現実の厳しさを知った時だろう。
いかに今まで修羅場をくぐってこようが、所詮彼女は世間知らず。自分の才能が通用しないとなれば、諦めて帰ってくるに違いない。

イルミはそう考えて、とにかくエレナの志の邪魔をしようと思った。
二度とそんな夢見がちなことを言い出さないように、精神的に叩く必要があるだろう。


「ミル、歌手ってどうやってなるの」

「え?そりゃやっぱちゃんとしたスクールに通ったりするんじゃねぇのかな?
あとはスカウトされたり、自分でオーディション受けてみたりとか」

「なるほどね…じゃあ近々行われる歌手のオーディション調べてよ」

「いいけど…イル兄、まじでママたちに黙ってるつもり?
ヤバいよ、そろそろママがエレナ姉に会いたいって言ってたし」

「…だから早くしてくれない?」

「お、おう」

現在この事実を知っているのはオレとミルキ、それからゴトーだけ。
ミルキは話した方がいいと言うが、母さんが知ったところで事態はややこしくなるばかり。
デメリットこそあれ、メリットが見つからなかった。


「あった、ちょうど今日のがあるぜ。
場所もエルメータ王国からそんなに離れてない。これかもしれねーな」

「わかった。でもどうせ一日で決まらないだろ。
悪いけど近日中に行われるオーディション全部、場所とともにリストアップしておいてくれない?
オレ、そろそろ仕事に行かなきゃいけないから」

「だからママに正直に言った方が…」「なに、文句あるわけ」

「ないです」

そうでなくてもイルミは普段から忙しいので、エレナに割いていられる時間はそんなにないのだ。
まぁ放っておいてもプロになんてなれないとは思うが、先に受からないように裏から手をまわしておいてもいい。

「会場がわかれば一発なんだけど…」

役所の人間にやったように、針を使えば決定権はオレが握ったも同然だった。



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