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■ 5.計算ずく

エレナは電話を切るやいなや、すぐさま手配していたチケットでエルメータ王国を立つ。

どうせここにいるということはゴトーに言ってあったし、先ほどの電話だって逆探知されていたことくらい予想できる。
イルミからの電話にはムカつくから出なかったけれど、初めからエレナはイルミと話をするつもりだったのだ。

私が何故出ていったか、つまり何に怒っているかを伝えなくては気が済まない。
人の夢をあんなに馬鹿にしておいて、ワガママな嫁に出ていかれましたなんて被害者面されたらたまったものではなかった。

だからイルミが出ることを覚悟してミルキからの着信に出たわけだが、思っていたより焦ってて面白かった。あまりの剣幕にちょっと面食らったけど。
夫婦とはいえまだ半年じゃ新婚みたいなものだし、彼ならふーんで済ましてしまいそうだと思っていた。

まぁ、突然のことに驚いたのとプライドの高いあの人ならゾルディックをコケにされたと怒ったのかもしれなかったが。

とにかくたとえ場所がそれなりに特定されようとも、要は捕まらなければいいのだ。
どうせ私は有名人になるわけだから、いつまでも隠れているわけにもいかないだろうし。

エレナはまずは売り込みに行かなきゃね、と都会を目指す。
長年の夢が叶うかもしれないと思うと、思わず口元が緩んだ。

「バイバイ、イルミ」

嫌いではなかったけれど、根本的に性格が合わないのよ。
理屈やお説教はもうたくさん。そっちだって、どうせ愛さないんだから相手は誰だっていいんでしょ。
それなら私は暗殺家業なんて面白くないことは辞めて、もう自由に生きたいのだ。





クレジットカード利用歴と逆探知の結果から、彼女がエルメータ王国の中心地にいたことはわかった。
なるほど、本当に買い物旅行もしていたらしい。
しかし、私用船を飛ばしてエルメータ王国に入国したところで、もうそこにエレナの姿はない。
今度は本気で足がつくのを恐れてか、クレジットカードを使わずにチケットを取ったみたいだし。
つまり本気というわけだ。

イルミはとりあえず円を行い彼女を探したが、やはりもうこの国にいないと考えて間違いないだろう。
完全な無駄足だったが、これ以上粘っても意味がない。
それよりもすぐにエレナが捕まらないのなら、あの出されてしまった離婚届をなんとかしなければならなかった。


「もしもし、ゴトー」

「はい、エレナ様は無事に見つかりましたでしょうか?」

「いないよ。というか、今からオレが言うことは大事だからよく聞いて」

「はい」

流石にゴトーは慣れたもので、突然そんなことを言われても声に動揺は見られない。
ご用件はなんでしょうか、とむしろメモすら取りかねない落ち着きっぷりに、イルミは少し安心した。

「さっきの役所からの手紙。エレナが離婚届を出したって」

「……はい?」

「取り消させるためにはどうしたらいい?
だってオレは書いてないんだから無効だろ」

そもそも離婚届の紙すら見たことがない。
ゴトーはしばしの沈黙のあと、本来なら……と言葉を濁した。

「通常の場合は家庭裁判所にその旨を申し立てて調停を行うことになりますが、そうなるとイルミ様ご本人ともちろんエレナ様に出廷してもらわねばなりません」

「それは無理。顔を出すわけにもいかないし、だいたい肝心のエレナが見つからないしね」

「ええ、ですから…もう一度婚姻届を提出するというのが無難かと」

「…」

確かに、エレナが勝手に離婚届を出すことが可能なら、その逆でイルミが勝手に婚姻届を出してしまうことも可能だ。
もちろんそれはれっきとした公文書偽造にあたるのだが、今更ゾルディックにこのくらいの罪どうってことない。

「でもそれ、たぶん意味ないよね」

「えぇ、またエレナ様が離婚届を提出されてしまう可能性がありますからね」


これじゃまるでいたちごっこ。
ゴトーが言うには予め市町村に対して離婚届の不受理申請─つまり勝手にエレナが出せないようにすることもできるらしいのだが、その有効期限はたった6ヶ月。
根本的な問題を解決しない限りは、いたずらにバツが増えていくだけだろう。

「いかがいたしましょう。一応調停の申し立てはされますか?」

「いや、いいよ。そっちはオレがなんとかする。
あとこのことは他の奴…特に母さんに言ったら殺すからね」

「承知いたしました」

電話を切って、さてどこから手をつけようか。
一番いいのは彼女が自分から戻ってきたいと思うことなんだけれど。

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