■ 3.理由は?
「ミル」
「うわっ、イ、イル兄!な、なんだよ急に」
まぁどうせ普段からしないのだがノックも無しにいきなり弟の部屋を訪ねる。
ピンク色の画面を慌てて消したミルキはくるり、と椅子を回転させると、怯えたように瞬きをした。
「エレナがどこにいるか、調べて」
「あ……まだ帰ってないんだエレナ姉」
「…うん、早くして」
彼女は帰ってないどころか、帰ってくる気がないみたいだ。ゴトーに連絡を付けるよう命令したが、やっぱり弟の方が早いと思い直してここに来た。
エレナにはどういうことかきっちり説明してもらわねばならない。
もちろんイルミは離婚届なんて書いた覚えがなかったから、おおかたプロに頼んで筆跡を誤魔化し、勝手に判子を押して持っていったのだろう。提出者が代理人、もしくは片方が本人だった場合、今回のイルミのように来てない人間に通知書が後から届く仕組みらしい。
ちなみにイルミが電話をかけても彼女は出なかった。このままではある意味ゾルディック家を敵に回したような形になるわけだが、何が彼女をそこまでさせたのかわからない。
「お前なら、GPSで調べられるだろ」
「あー……いや、それがさ、取っちゃったんだよね」
「は?」
「旅行先ではゆっくりしたいからって、頼みこまれちゃって…いや、でもそう心配すんなよ。すぐ帰ってく」「お前に何がわかるの」
思わず漏れ出た殺気に、ひぃっとミルキがその巨体を縮める。
くそ、まんまとしてやられたわけだ。エレナは初めからこうするつもりでオレだけじゃなく他の皆も騙していたということになる。
一体何を考えてるわけ、あの馬鹿は。
殺されるかもしれないんだよ?
だが、とりあえずイルミはまだエレナを殺す気はなかった。
というより、離婚されたことをあの煩い母親に知られて面倒になるのが嫌だったので、なんとか連れ戻して離婚を取り消してしまおうと思ったのだ。
あの二人は何故だか妙に仲がいい。それこそ本当の親子みたい、いや親子以上に。
だからこそもしもエレナが家を出ていったなんて知れたら、間違いなく詰られるのはイルミだった。この歳になれば流石にもう、世の中の理不尽さは身に染みて知っている。
「他にエレナを見つける方法は?」
「と、とりあえずクレジットカードの利用歴からだいたいの位置は絞れると思うけど」
「じゃ、それやって。
あ、あとお前から電話かけてみてくれない?逆探知できるかも」
「え、俺が?」
もしかしたら。
もしかしたらだけどエレナは馬鹿だから、ミルキからの着信になら出るかもしれない。携帯を捨てるのではなく、わざわざGPS機能を取り外したことを考えて、まだ携帯は持ってるみたいだし。
事の重大さがいまいちわかっていない弟は、それでも言われるままにちゃんと逆探知用の機械をセットしエレナへと電話をかけた。
「………」
少しの音すらも聞き逃すまいと息を詰める。繰り返されるコール音に、ミルキの額の汗が光った。
「…あ、もしもしエレナ姉?」きた。やっぱり馬鹿だ。
イルミは繋がったことを確認するやいなや、弟の手からバッ、と携帯を奪った。
「よく聞け。お前の居場所はもうわかってる。勝手に切ったら殺す。その場から動いても殺す。わかったら返事しろ」
「……イル、ミ?」
「返事は?」
「は、はい」
もちろんこれはただのハッタリだが、電話が切られては困るので早口でまくしたてた。案の定エレナはこちらの勢いに気圧されたのか、素直に返事する。
イルミはさて、と思った。とりあえず、探知できるまで話を引き伸ばさなくてはならない。
「一体どういうつもりなのエレナ。説明してくれる?」
「通知書の通りだけど」
「勝手に出したわけ?なんで?理由は?」
「性格の不一致」
「は?」
性格の不一致?政略結婚にそんな理由が通用するものか。もっともイルミはたとえどんな理由であろうとも納得する気はなかったが、それにしてもイラッときた。
「お前さ、ふざけてるの?性格が一致する夫婦なんてこの世のどこを探したっていないよ。
ウチの父さんと母さんだって別に似てないだろ。訳のわからないこと言ってないで早く帰って」「それだけじゃないよ!」
「だったらなに」
この際だから全部聞いてやろうじゃないか。皮肉にも時間はたっぷりあるのだし。
状況が飲み込めずハラハラしている弟を八つ当たりするように睨むと、イルミはすぅと息を吸い込んだ。
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