- ナノ -

■ 2.通知書

「お帰りなさいませ、イルミ様」

「うん」

私用船から降りるとすぐさま顔見知りの執事達が頭を下げる。
いくら人間に興味のないイルミでも、ゴトーやそのすぐ下の執事達の顔くらいは見分けがつく。何しろここまで残った執事たちは本当に選りすぐられた精鋭のみ。入れ替わることなどそうはなくて、自分が赤ん坊の頃からこの屋敷で仕えていたりもするのだ。

だが、だからといって馴れ合いのような無駄な会話はしない。
イルミはいつものように短く返事を返すと、そのまま彼らの前をただ通り過ぎようとした。

「あの、イルミ様」

「……何?」

珍しく声をかけられたから振り返れば、そこにいるのは執事長。彼もまた自分を子供の頃より知る人物であり、彼が話しかけるということはそれ相応の内容なのであろう。

ゴトーは彼にしては珍しく、眉をしかめて非常に言いづらそうにしていた。

「お部屋にお戻りになる前にお伝えした方がよろしいかと思いまして。
現在エレナ様はご旅行に出かけられております」

「エレナが旅行?」

「一週間ほど前にお立ちになったのですが、まだお帰りになっていなくて」

「そ。どこへ行ったかわかる?」

全くオレに何も言わないで……。
というかわざとオレの仕事に被せて勝手に出かけたな。

半年前に結婚した彼女とはいわゆる政略結婚だったが、どうにもこうにも上手くいかない。
ちなみに上手くいかないというのは夫婦仲、というよりも調教が、と言う話で、イルミの言う事をちっとも聞かないのだ。
母さんとすごく仲がいいみたいだから、それなら嫁姑に挟まれず面倒くさくないかと承諾した訳であるが、彼女は少し精神年齢が低い所がある。

キルだけでも大変なのに、とイルミは内心ぼやいた。

「エルメータ王国へ買い物旅行に行く、と仰っていましたが」

「わざわざ行かなくても取寄せればいいのに」

エレナには少しゾルディックとしての自覚が足りない。曲がりなりにも彼女の家も暗殺一家で身分を隠すなんてことは当たり前であるはずなのに、とにかく彼女は目立ちたがるのだ。
この前なんて歌手になりたいとか言い出すし…。

だがこの時点ではまだイルミはそう焦ってはいなかった。
例えエレナがどこへ旅行に行こうとも、ミルキに頼めば携帯電話のGPSから居場所は一発でわかるし、何より本当に買い物旅行であると信じていたからだ。

「あ、それともう一つイルミ様にお話が」

「え?」

「イルミ様宛にです」

そう言ってゴトーから手渡されたのは、一通の封筒。差し出し元と表に書かれた親展、の文字に、表情に出さないまでも怪訝に思った。

「役所…?なんで?」

「私にもわかりかねます」

イルミはちょっと考えてみたが、全く思い当たる節がない。
というか、役所なんて生まれてこの方行ったことが……あ、いや、そういえば婚姻届を出した時もオレは行かなかったから確かこんな通知が届いたような気がする。

まぁ、どういった内容にせよ開けてみればすぐにわかるのだ。
執事がいようがいまいがお構いなしに、イルミはその場で封を切った。


「……………」

「…イルミ様?」

いかがなされましたか?

中身を見るなり固まったイルミに、ゴトーのみならず周りの執事達も困惑した表情になる。
だが、この事態に一番困惑しているのは当人であるイルミだろう。

「ゴトー」

「はい」

「エレナと連絡つけて。今すぐ!」

「は、はい!」

ただならぬ雰囲気に、ゴトーの顔が強ばる。
役所からのペラペラの紙に書かれていたのは、エレナとイルミとの離婚届が提出されたことを知らせる旨だった。

オレ達がいつ離婚したって?冗談じゃない。


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